ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 私はコルセックのホームページでコラムを書いていますが、書いていると一つの事柄から、2つも3つも関連する話が出てきてしまうことが、良くあります。
 この枝葉を、最初のころは丁寧に拾おうとしていたのですが、拾った先からさらに分岐を始めたりすることもザラです。そうなると話は迷走を始め、コラムとしてとても読み難いものになっていきます。

 従って最近は、話題にしたいことを最小限のサイズまで分割した上で、余分な枝葉は全部後回しにする方針でコラムを書いています。
 本当に重要な分岐は後で言及するつもりですので、それは良いのですが、小さな枝葉で「これも言っておきたいなぁ」と思うことがいくつか取り残されています。
 …多分、そういうものについては語るべきではない事なのだろうなぁ…とは思いつつ、ついつい語ってしまうのが私の性分。
 
 と言うわけで、自分の書いたコラムに自分で注釈を入れる…というとてもカッコ悪い事をするのが、この「枝葉コラム」というカテゴリです。

 ※2007/04/15 カテゴリー整理で「枝葉コラム」は無くなりました。ただこのエントリーは残しておこうかと思います。
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【2005/12/31 02:20】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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その感覚、すごくよくわかる^^
風早瑞樹
 言いたいことを文章に書く際に、切り落とされてゆく部分って、本当にすごい量があるよね。
 頭の中で渦巻いてる概念の原型は捉えどころがないものなのに、「文章」という一次元の媒体に直線的に考えを並べ、わかりやすいように順序良く論理的に整理する、ってのは……実はすごいエネルギーの要る作業で。
 その大半は「何を捨てるか」なんだな(^^;
 だけど、物を書く者ならばその原点には「今考えてることを喪いたくない」から書いて形に留めておく、という動機がかなりの部分あるわけで。
 でも書く際には取捨選択を迫られる。そして人間の記憶力は無限じゃないから書かなかった事柄は大なり小なり消えていく。
 そこに葛藤があるんだな。だからこそ君もこんなカテゴリを作ったんだろう。
 私はたまにどうしても文章化できない時「えーい、大事なことはいずれ思い出すんだから今はいい!」と放棄しますが、そのアイデアをその後拾えた例しがない(苦笑)。

参考リンク:「インターネットはカラオケボックス」by岡田斗司男『東大オタキングゼミ』
http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/multi/No2.html


確かに
山本一生
こっそりリンクが貼られているようなので、向こうで使っている本名を使って書き込もう。こっちからリンクを貼らなければ、このブログから俺のブログに来ることはあっても、その逆はあるまい。なので相互リンクは拒否します(笑

さて。本題。
俺の修士論文は、今まさに、「枝葉」を整理している段階。せっかく調べたりまとめた文章を削り取るのは苦痛だ。しかし、提出する論文には枚数制限があるのだから、仕方ない。いかに手際よくまとめるかも身につけなければならないスキルだし。ただ先生たちはそんな教育効果は考えていないのかもしれないけど。単に長い論文は面倒くさいから読みたくないというのが本音だと聞いた。
 俺は、たまった文章は別の名前を付けたり、別のフォルダに放り込んだりして保存している。いつかどこかで使おうとか考えながら。

でも上で風早氏が言っているように、後回しにしたアイディアって、もう二度と日を見ることはないんだろうな(笑

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丹川幸樹
 お二人ともコメントありがとう。
 書き手として苦労してるね、皆〈笑〉。


一言レスに唸った
風早瑞樹
思わず「おぉ」と賛嘆の呻きが洩れたよ。
複数の人間が書き込んで話題が錯綜した時、全て拾わずに決めのいい一言でレスを〆る。
なかなか出来る芸当ではない。GMのスキルか?(^^;
そして本文の「枝葉」論にループすると(笑)


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 皆さんご存知の通り(?)、MSNにコミケの記事が載った訳です。
 同人屋の皆様はあまり騒いでいない? のでしょうかね。

 一応コミケは40万人の来場者を集める訳で、それが一つの社会現象であることは疑う余地はありません。
 それに取材が来るというのは、ある意味で正当な事だと言えるでしょう。
 今までTBSを除いた主要メディアには無視され続けてきたコミケですから、ある意味でこういう取材が来るのはコミケや同人誌の地位向上のためには不可欠な事だと言えるかも知れません。
 (もっとも、記事提供は毎日新聞ですから、実は状況はあんまり変わっていないのかも知れません)

 しかし、私の周りの人々の意見はきっと「余計なことするんじゃねぇ!」でしょうねぇ。

 と言うのも、世間から無視されてきたからこそ、憚りなく好きな事をやってこれた訳で。ヲタに関する報道、BLに関する報道などがあるたびに「そっとしておいて」という意見を良く聞きます。
 自分を理解してもらうために苦労するよりも、理解されないまま無視されている方が楽だ…というのも、正論ではあります。

 FEARの先生方はあまりに安易に「相互理解」という言葉を使いますが、現実においてそれがどれだけ大変なことか。
 水野良のCDドラマ版クリスタニアを私が大好きな理由の一つが、育った世界が異なるレードンとリオの二人が、お互いを理解しあう、たったそれだけのために大変な労力を払うところです。
 「分かり合えた時が、別れの時なのか」ラストのレードンの言葉の悲痛さが、年を取れば取るほど胸に突き刺さります。
 
 かつて武道系部活で主将をしていた時、真面目に練習しない部員二人と、かなり徹底的に話し合いました。
 7時半に練習が終わって、夜の10時ぐらいまで話すことはザラでした。時にお互い泣きながら話した時もありました。1週~2週に一度はそんなことをしていました。
 …しかしその結論として、その二人とは仲良くできないと言うことが分かったのです。
 ただ、「嫌いな相手を無闇に攻撃しない」「嫌いな相手とも、なんとかやって行く方法」という事を学ぶことはできました。
 とても大切な事を学んだとは思いますが、しかしそれは相互理解なのでしょうか?


 その一方、かつてヲタと呼ばれ、「自称一般人」から強烈に迫害を受けた経験の持ち主としては、自らの正当性、自らの社会認知は悲願であるという面があります。
 つまり、ここが他のヲタ(もどき)達と私の間にある決定的な溝。
 攻撃を受けなかった人としては、そっと隠れて目立たないようにしている事に問題はないのです。
 でも私はじっとしていても攻撃されてしまった。隠れていても身は守れなかったのです。ならば反撃しかない。

 ですから、コミケが注目を浴びること、世間がそういう世界もあると言うことを知ってくれることは、私としては基本的に歓迎すべき事なはずです。
 しかし、私がMSNでコミケのニュースを見た時に、盛大にため息をついてしまったのは。

 この先にある一般人に「理解されるための戦い」が、遠く、果てなく、泥沼のようなものであることを、実感として知ってしまっていた、からなのでしょう。


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【2005/12/31 02:03】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 今日、半年以上前から取り掛かっていた企画がコルセックのK先輩から届きました。いや、プログラムなんですけどね。
 半年かかったといっても、大部分は頓挫して中断していた時間だったので、上手く作動したのは本当に嬉しいですね。

 色々と考えているシリーズの第1弾で、もしこの作品が世間的に認知されたら、TRPG界全体にさざなみを立てること疑いなし!(いいのか、そんな断言してしまって)

 ただ、「価値を理解してもらい難い」のと「普及にはとても巨大な障害がある」のが、本当に本当に残念。認知されるのは難しいでしょうねぇ……
 前半に関しては、シリーズを進めて、何作も作っていくうちに理解してもらえると思っています。好き嫌いは分かれるでしょうけど。今回だけではどうにもなりませんね。
 しかし、後半は解決方法が「起業する」しかないのだもの。でも起業すべきかと言うと、起業のリスクや私の性格上の問題点とか抜きにして、「否」。
 実は今回の作品は、過渡期的な性格を持つものだと思っているのですよ。その、プラットフォームが、です。今しか意味がない(かも知れない)プラットフォームなんですね。でも意味があるのはプラットフォームだったりするんだから困ったものです。

 ただ、上手く認知されればTRPGにまた違った商売の種が生まれることになります。
 そこまで育ってくれたら面白い…けど、それって何かますます起業すべき発想ですよね(苦笑)。

 とにかく、日本のTRPG界は電脳に疎い! 素人目にも疑問に思うような部分が色々と放置されています。RSSは今年の流行だから、まだ対応していないのは許せるとしても、「これは5年前に誰か考えるべきだったんじゃないのか?」というものがいくつかあります。実際、今回の企画のシリーズだって、プラットフォームが違えば、作っている人がすでにいるものもあるのです。どうしてそこが結びつかないかなぁ。
 とは言え、もう企画を始めちゃったから、これから誰かに先取りされると悔しくてたまらなくなるんですけどね(苦笑)。
 ともかく、雷鳴あたりがTRPG界の電脳部分をリードしてくれる会社になってくれると嬉しいのですがねぇ(せっかく本業はIT企業なんですから)。
 …そろそろJGCに行くべきかなぁ。雷鳴(他社でも良いけど)の担当者にあって、実物見せて「これを作ってみませんか?」と企画の持込をする訳です。
 ってことは、プログラムのダウンロード数とか、統計とらないとまずいですねぇ。

 あと、シリーズの第2弾は知り合いにサイトに置いてもらえるように交渉する予定。第1弾は需要が少ないものなので、受け入れてもらえなさそう(苦笑)。


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【2005/12/30 00:57】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 ブログを始めました。
 …と書くと、主催しているサークルの他のメンバーから怒られそうな気がしてならないのですが、ブログ始めました。
 学生のころは、何かあると部室に出かけて、そこにいた適当な部員を捕まえて良く愚痴っていました。
 しかし卒業してから、その愚痴の上手い捌け口がなくなってしまった感じで。
 結局それは、私の人間関係の築き方に問題があったという事でもあるのだけれども、その「問題」は二重三重の理由で固めて自分で企図したことなのもまた、真実であり。
 そういう意味では、自分の置かれている状況は納得していない訳ではないのですが、納得していることと上手くこなせる事とは別問題でもあるのです。
 とりあえず自分のメンタルな問題をどうにか解決するためには、結局愚痴を出す必要があるわけで。今はブログという手段を取ろうと、そう考えた訳です。
 内容がしょうもないので、コルセックのサイトからこのブログにリンクを貼りたいというつもりはないのですが。
 一応、こちらのブログからはコルセックに行けるようにしておきます。

 ただし、あくまでこのブログの優先度は低いです。衝動的にしか書かないと思います。
 一番優先なのは同人誌作成。その次がコルセックのホームページの企画。そのあとがこのブログです。更新しなきゃなどという義務感はさらさらありませんので、悪しからず。
 (そういう気まぐれなサイトを読む時はRSSを使うのが良いですね。RSSが普及すると私的にもメリットがありますし)

 話す内容は、もっぱら愚痴になるかと思いますが、それ以外でも日々の出来事に感じたことは書いて行くと思います。それから自分の心の中への旅、かな。日常的に行っている思考だから。
 TRPGの話は、基本的にはコルセックのサイトで行います。しかし、何かニュースに反応したり、思考の断片を拾ったりする事はありえます。…油断しているとそういう話ばっかりになりそうな気もしますが(苦笑)。

 誰しもそうでしょうが、私も気分のむらがあります(うちの家族はむらが大きい?)。このブログにはダイレクトに反映される事もあるかも知れません。文章のトーンはあてにしないようにお願いします。


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