ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 夏コミの新刊、後援者集のキャラ設定をメモしていたら、あっと言う間に2時近くになってしまいました。
 帰宅後10時まで寝ていたから(笑)、4時間ぐらい。それが一瞬で過ぎ去り、その間、お茶の一杯も飲みませんでした。
 同人誌作っていると時間が経つのが早いですよ~~。

 それはそうと、どうも「国家レベル」の敵だとか後援者になると、血が騒ぐようです。歴史物だとか政治ドラマが好きなせいもあるのですかねぇ。
 例によって最初はうんうん唸っているだけで全く先に進まなかったのですが、出始めると早い早い。
 「王様の設定をこうすると、色々と葛藤が出て良いなぁ。やっぱり確執の一つは欲しいよなぁ。とすると確執の相手が必要で…。王様がそうなら王妃様はこれで決まりだな。大臣をこうして、PCとのつなぎ役はこうして…」
 あまりここに詳細を書いちゃうとまずいのですが、テーマは「Stage Of the Ground」です。

 問題は、今回プロジェクトリーダーの朔也先輩がOKを出してくれるかどうかですねぇ(笑)。
 断じてヒーローではないキャラで、集団の規模は大きいけど実は地味なのです。
 派手で個性的なキャラだけでなく、地味で目立たないキャラも良い味出せるようになりたい丹川です。…てか、演劇をかじった人間としては、むしろそれが王道なんですよねぇ。
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【2006/03/29 02:09】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 高校時代所属していた部活のサイトが閉鎖されました。
 より正確に言うと、すでに随分前にコンテンツは撤去、OB同士の交流のために掲示板だけ残っている…という形態だったので、実質すでに閉鎖されていたようなものです。
 その掲示板も広告の嵐で、OBの利用回数の少なくなり、やはり機能はしていませんでした。
 したがって閉鎖は必然ですし、そもそも閉鎖を言い出したのは私なのですから、どうのこうの言うべきではありません。

 …ありませんが、一抹の寂しさは拭えないのです。
 もちろん、この寂しさは振り切って前に進むべきなのは疑いありません。
 また実際問題、高校を卒業してもう10年近くなろうとし、その時代の記憶が薄くなり、過去へのこだわりが相当なくなっているのも事実です。
 そしてそれは他のOB達にとっても同様なのは確実です。

 そう、この別れに涙は必要ありません。
 ただ、短い黙祷を。
 そして、明日は元気に出かけていきましょう。

【2006/03/26 00:51】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 前にメタゲームの発想について「その客観性が嫌い」と書いたわけですが、考え直してみると、ゲーム重視の遊び方はメタゲームそのままなんですね。
 ゲーム性重視主義に片足(あくまで片足)を突っ込んでいる私が、客観性をもとに批判することには矛盾があるわけです。
 ではどうしてゲーム重視のメタゲームは許容できて、ロールプレイ重視・ストーリー重視のメタゲームは許容できないのでしょうか?
 考え出してみると、色々と興味深い問題です。
 
 結局何故なのかと言うと、ゲーム性重視はメタゲーム視点を持ちながら、その中に必死さがあるわけですね。(それは前に書いたかも)
 未来を読むことによって、現在にジレンマが発生し得るのですから。
 その必死さを私は愛するわけです。
 しかし、ロールプレイやストーリー重視のメタゲームの場合、未来を読むことで現在にジレンマは発生するのでしょうか?

 どうも、物語の展開の先読みが「冷め」とか「薄ら笑い」とか「まあこんなものさという諦観」とか、そういうものに繋がっているような気がしてならないわけです。
 どこにでも転がっているような物語。山ほど見聞きしたストーリー。創造性に欠けた模倣。しかもデッドコピー。
 物語の展開が「読めたとき」、それに対して私がイメージするものが、そういうものなのです。
 この悪いイメージがつまるところ、メタゲーム視点を嫌いだと感じてしまった最大の原因であるようです。

 逆に言うと、物語の先が読めた時、その「先」に対して衝撃を受けたり、感激したり、泣きたくなったり、畏怖したりするならば、おそらくメタゲームを嫌わないはずなのです。
 ほらドラマや演劇を見ていた時、伏線が読めて先に待ち受けるものに気がついて、しかしその「気づいてしまった内容」にドンッと胸を突かれる時ってありませんか?
 ああいう感覚――確かにそれはTRPGで味わったことがありますね――ならば、先読みは悪いものではないのです。

 そう考えると、メタゲーム視点というのはハサミや包丁のような一つの道具であり、「メタゲームが良い悪い」「メタゲームが好き嫌い」という議論は、ハサミよりカッターが好きだ、とか、そういう次元の話であるように思えます。
 無意味ではないですし、そういう人が存在するのも当然ですが、世の9割の人にはどうでも良い話だと。
 つまりメタゲームを否定すること自体には大して意味がないわけですが、とりもなおさずメタゲームを肯定したり推奨することの価値にも疑問符があります。
 むしろ重要なのは、メタゲームを使って何ができて何ができないのか、どう使うと面白くなりつまらなくなるのかを語ることであるようです。

 …とここまで考えてはっきり分かりました。私はFEARがメタゲーム視点を使って作ろうとしているものが、好きになれないのだと(苦笑)。
 しょうがないですね。それが嫌いなことは前から良く知っていたのですし、嫌いだと分かった上で遊んでいるのですから。


 袈裟と坊主を分離することに成功したところで、今日のところは終わりにしますか。


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【2006/03/23 20:42】 | トークRPG
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 ブログのデザインを変えました。
 なんとなく、気分を変えたかったため。
 しかし、テンプレートというのは数は多いのですが、どことなく似たものが多いですね。
 なかなかぴったりくるのが見当たらなくて。
 前のものと同じぐらいに私の望んだムードと一致しているのか、と言われると違う気がするのですが(ちょっとキラキラしていますから…)、デザインのセンスは素晴らしいので、結局そこが気に入って変えました。
 トップ部分はフラッシュではないかと思いますが、いやはや、光の粒子ってのはこういう風に作ると綺麗なんですねぇ。勉強になります。
 
 他にも、ping配信を停止したり、サイドカラムのデザインを変えたりしました。
 今まで自動検索に引っかからない形で文章を書くのに腐心していたわけですが、そもそもping配信を停止すれば済む話だったんですね(苦笑)。某所の掲示板でそんな話をしているのを読んで、「そりゃそうだ」と思って修正した次第。
 RSSまでなくさなきゃいけないかなぁ…とも思っていたのですが、ping配信をやめればRSS自体はつけておいても拾われない…んですかね?
 更新が不規則なので、RSS自体はやめたくないんですよね。
 サイドに関してはもうちょっと減らしたいんですけどねぇ。少しごちゃごちゃしすぎていますから。
 まだ必要なもの、不要なものの見極めができていないようです。


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【2006/03/22 23:42】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 長らく中断していたキャンペーン、「蜘蛛の街へ…」が終了しました。
 …実は、あんまり実感が沸いていないのです(苦笑)。
 長く中断したせいかも知れませんね。
 あと、「もうちょっとこのシナリオは良くできたよなぁ」と思う部分は色々とあったせいかも知れません。
 いや、そこが上手く行かなさそうだなぁ…というのはセッション前から覚悟していた部分だったりもして。そういうのが精神衛生上、よろしくない。簡単に諦めてしまったような気分になります。

 とは言え、セッションが盛り上がらなかった訳ではありません。伏線も意外な解け方をしている部分もありますし、おそらくあの結末はプレイヤーには(そしてリプレイ読者にも)予想できなかったに違いない(笑)。
 そういう意味では失敗はしていないし、「ここは絶対失敗したくない」と思っていたラスト戦闘も盛り上がりました。
 しかし、そういうラスト付近の部分に大きなパワーを集めた結果、前半が粗くなってしまったんですね。そこが残念。
 そして、それが予想できていながら、最終的に改善できなかったのも残念。
 最近はシナリオ作りに徹夜もしなくなりましたし、そのせいか微妙に不完全燃焼気味なのかも知れません。
 ルール勘とGM勘が戻りきらなかったのも、むう。そのおかけで美味しいシーンになるはずだったシーンのいくつかが失敗してしまいました。感覚が戻っていない事は分かっていたのだから、そのフォローのためにもっと用意するセリフのパターンを増やしておいて、暗記するまでなぞらにゃ。
 ただ、「セッション終了直後に『面白かった』などと冷静なセリフは言わせない」といういつもの目標は達成できたのかな…と思います。
 あとは梅蔵をもうちっと攻略できると良かったな(笑)。
 
 今回のシナリオは、もう一年以上前から「できている」と言い張っていたシナリオなのですが、セッション日程が決まった後に改めて見直してみたら、展開が一本道すぎ。伏線消化にやっきになりすぎていると言いますか。
 どんなに良い展開になっていても、これは「吟遊詩人シナリオ」と呼ぶのです(苦笑)。
 そこでプレイヤーの立場から改めてシナリオを見つめなおし、セッションがPCの行動によって前に進む形に改めました。そこが粗かったんですけどね。


 今回良かったのは、システィナとムスタークの話。
 二人双方が出したそれぞれの道が、それぞれちゃんとどんな経緯でその結論に至ったのか、プレイヤーもGMも表現できたのが良かった。
 本当はもっとじっくり出して行きたかったけど、(キャンペーン構成上の失敗によって)もうどうにもできない事の方が多かったから、最善は尽くせたんじゃないかなぁ。
 さわやかにまとまったし。

 最後に何気に対立したドンとリネットの話も、実は結構面白い話でした。
 プレイヤー同士の価値観の違いが基だけれども、二人の取った行動が違い、二人の関係者であるレンとケイモスの結末が変わったのも、GMとしてはとてもおいしい。


 今日のセッションはやってみて、そうそう、そういう話がやりたかったんだなぁ、と思いました。
 予定調和ではないですよね。お約束でもないですよね。メタゲーム視点でもない。でも、物語は確かにプレイヤーによって作られ、決定された。GMは土台を整えただけ。
 最近、自分の道を喪失気味の私としては、原点に近いこのキャンペーンの最終回を今できたのは、実はとても良いことだったのかも知れません。
 今後はもっと葛藤を重くさせる方法なんかを研鑽していきたいものです。


 実は今回、私がRunalのGMをする最後のセッションでした。
 このシステムとは散々喧嘩して、もう分かり合えないことを理解してしまったのです。
 だから、区切りがついたらやめようと。その区切りが今日の最終回だったのです。
 …うーーん、それについても特別、感慨は沸かないですねぇ。まあまだキャラ集もリプレイも残っていますから、ルールブックと格闘する日々は続くのですが。
 そのせいかな?
 ま、いつかこの日を振り返った時、何か思い出すことがあれば、それで十分でしょう。
 今は、ただ明日へ――


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【2006/03/22 01:15】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 巻頭辞を変えました。気が向いたらまた戻すかも知れませんが。
 なんだかんだ言って、あの霧間誠一の言葉が一番好きな言葉なので。
 しかし、とりあえずは春が来たようですから、春らしい言葉に変更してみました。

 春来りなば冬遠からじ――春が来たと思っても、楽しい時はすぐに過ぎ去り、気づくとまた長く苦しい冬なのさ (出典忘却)

 誰の言葉だったのか良く覚えていないのです。細部も少し怪しいかも知れません。
 言うまでもなく、「冬来たりなば春遠からじ」という有名な言葉を皮肉っているのです。
 人生の大部分は苦しいことで、楽しいことなんかほんの少し。なんて事は良く言われることではあります。
 そうであるならば、その苦しいこと、つらい時、それとどうやって折り合っていくかが大事になります。人生の基準を楽しい時に置くとしんどい時にはやっていけなくなりますけど、基準をつらい時に置いて、それでもなんとか生きていける価値観というか、思考法というか、あるいは諦観というか、そういうものを身に付けることができれば、そのつらさもだいぶ楽になりますし、人生もなんとかやっていけようものです。
 そういう、実に皮肉屋的な価値観が説く人生論、それが気に入った言葉です。

【2006/03/11 02:31】 | 拾い物
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 私は長いこと、気心知れた友人相手にTRPGを遊んできました。
 FEARで言うところの「カジュアルプレイ」専門と言うわけです。
 しかし、世の中にはカジュアルプレイを経験したことないTRPGゲーマーも随分増えているようです。
 コンベンション専門とか、オンライン専門とか。
 で、FEARがコンベンションを重視したシステムを作っているのは周知の通り。

 ではオンラインを重視したシステムって誰か作っているのでしょうか?
 オンラインセッションで感じるTRPGの不便さとか、「こうだったら良いのになぁ」「こういうのもが欲しいなぁ」的なものって、誰か提起しているんでしょうか?
 そういう方向からのTRPGシステム作り論が一つの流れを形作るのも、また正しいことですよね。

 もっとも私はカジュアルプレイからの意見しか語れないので、その方向で「コンベンション重視、オンライン重視、ちょっと待ってもらおうか」的な議論もふっかけるわけですが(笑)。
 なんてマッチポンプな話だこと(笑)。

 でも、誰がコンベンション重視、オンライン重視のゲームを作ることは正しいことですし、それに対してカジュアルプレイ専門の人が異議を唱えることも、どっちも自然な流れだと思うのですよ。
 だから、その流れに則って、オンライン重視のゲームを作る人がいるなら応援したいし、「カジュアルプレイにはあわないなぁ」みたいな文句もつけたいわけです。
 私は多分、そういう人。

【2006/03/10 23:17】 | トークRPG
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 J-popにしろアニソンにしろ、「あなたらしく」「君らしく」「自分らしく」こういった言葉は山ほど溢れています。
 確かに日本人には、自分を押し殺したり偽ったりして周りに合わせたり、とかく周りと比べて自分はどうなんだろうと悩む傾向があるようです。しかしそういう無理はどこかに歪みとして溜まるもので、息苦しさを感じたり、開放へ憧れを感じたりすることそのものは自然なことです。
 歌という、自己表現でもありうる存在が、そういう状況にある人、そういう境遇にあった過去に対して、「自分らしくて良いんだよ、周りに無理にあわせたり、周りと比べたりすることはないんだよ」と謳うこと、それそのものはごくごく自然なことではあります。
 それを誰か一人、二人が歌っているのならば問題はありません。
 しかし、仮に「自分らしく」が多くの人に受け入れられやすいテーマであり、「とにかくそういう歌を歌えば支持される」という状況が発生しているのだとしたら、おそらく世界は軋み始めています。
 
 「人気があるからそれをする」という発想の一つの問題点は、「何故それが人気が出たのか」という背景を無視することが往々にしてあることです。
 にも関らず、人気が出たことを真似する場合、往々にしてその真似も支持されるようです。
 その真似がさらに広まり、定型句のように使われる段階まで来ると、とにかくどんなアーティストでもとりあえずそれを使うようになります。なってしまいます。
 おそらく歌と世界は相補的で、歌がそういう段階になっている時には、歌以外にも様々な経緯を経て「自分らしさは大切だ」という価値観が形成されているのでしょう。
 問題はその先。
 「自分らしく」という歌、そういう物語、そういう価値観が大事だと言う意見、そういうものをシャワーのように浴び続けた結果、「自分らしく」という観念は主体性を持たない、先入観のような存在になってしまいます。
 多くの人がそういう価値観を持っているのですから、確かに「自分らしく」という曲は支持されるでしょう。
 ところが、その「自分らしくありたい」という考え方そのものが、すでに自分らしくなくなっているのです。
 そして先入観と化した概念は他の価値観を跳ね飛ばし、本来必要なはずの他者のとの協調や妥協、多少の我慢だとか言ったものを頭から完全否定する根拠になっていきます。(全員がそうではないにしろ)
 それは、かつて協調を美徳とし自己の抑制を要求してきた、「自分らしさ」が戦ってきた相手、それと同じものになってしまっているのです。やがて「自分らしさ」は凶器となって人々に襲い掛かってくるに違いありません。
 それにも関らず、歌や物語は「自分らしく」とがなり立て続けているのです。

 世間的に受け入れられやすいもの、支持されるもの、そういうものは基本的に過去に存在した価値観です。その価値観は過去に起こった出来事・事実などをその基礎においているのです。未来志向ではなく、現実より一歩手前の過去の反映です。
 確かにその価値観が誕生した時には、その価値観は非常に大事な事であったに違いありません。その事は疑いないでしょう。
 ところが、広く広まった時にはすでに古いのです。その価値観による弊害が発生し始めています。今はその価値観のアンチ・テーゼかジン・テーゼが必要になっているのです。
 特に文化的な面において、世間的に受け入れられやすいもの・支持されるものを生産する、生産し続けるという行為は基本的に過去礼賛であり、弊害助長であり、ひどい時には犯罪への加担なのではないでしょうか。
 文学も絵も歌も、世間一般的なものへの迎合ではなく、それに苦しめられている人間を助け、翻される叛旗となった時代があります。そういう歌こそ、今必要なのではないでしょうか。

 …そのことに思い至って、私は冷や汗をかいてしまったのです。
 そして、反骨の気質だけが私を安心させ得るという、私のもっとも原点に近い部分を思い出したのでした。

 難しいのは、それも「自分らしさ」であると言う点です。
 けれども、それを「世の中は矛盾に満ちているのさ」などとニヒルに肩をすくめてみせる事ほど下らないことはありません。
 他者への説明は困難でも、自分らしさに準拠した「自分らしさ」への抵抗は、確かに形作ることができるからです。


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【2006/03/08 01:10】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 実は次回のヴィジュアルリプレイに向けて、一部コルセックメンバーはひっそりと行動を開始しております。
 とりあえず今は、フラッシュ作成作業を楽にするための試作パーツを作成する時期となっています。
 例えばダイスロールや確率分布図を「千の道」では一つずつ全部手動で作成していました。しかしこれをアクションスクリプト制御のシンボルにして、メインのタイムラインから変数を渡せば、後は全部自動的に描画&アニメーションできるはずです。こういったパーツ(モジュールと呼ぶべき?)の導入によって、作業時間は半分には減少するはずです。(図類はミスが頻発して、修正に次ぐ修正で時間を取ったことですし…)
 もっとも、実際にはまだアクションスクリプトの復習や勉強をしている段階のようですが。

 それと平行して、プロジェクトリーダーの私は企画を練っていく段階にあります。
 しかし、これがすんなりとは行かないのです。色々と悩んでしまって。
 
 何に悩んでいるのでしょうか?
 ヴィジュアルリプレイのシステム・表現的な改良点については、前回の反省も踏まえ、「こうしよう」という像が大まかには決まっているのです。これはじっくり練っていけば良いことですから、そんなに問題ではありません。
 が、そのヴィジュアルリプレイで表現しようとしている中身、つまりセッションそのものをどうしようか悩んでいるのです。

 「千の道」では、「ヴィジュアルリプレイにぴったりくるシナリオはこれしかない!」という強い確信を持って企画を立ててセッションに臨みました。もうほんと、電撃が頭を駆け巡ったと言うぐらい、一瞬で決まったのです。
 ところが今回、そうやって浮かんでくる絵がないのです。
 前回、ああいうシナリオをやっていますから、普通のダンジョンでは今更ダメだろうと言う気がします。他の人がGMやったものをヴィジュアルリプレイにするならともかく、丹川幸樹がGMやる以上、一ひねりは必要だと。
 しかし、そこで「これをやりたい」というものが浮かび上がってこないのです。
 一風変わったシナリオが他にない、と言う訳ではありません。多分、他の人があまりやらない形でのウィルダネスシナリオや、ほとんど専売特許的なオープンエア・ダンジョンや戦場オペレーションだってやれるんです。
 ところが、それらのシナリオはどれも大方のシステムと愛称が悪い(想定されていないのだから当然)。次回のヴィジュアルリプレイで使うことになっているアリアンとの愛称なんて最悪に近い。
 そして困ったことに、それらの変わったシナリオは、まだ飼いならしているとは言い難い面があります。(アリアン自体にも慣れてないし)
 簡単に言えば、面白いセッションをする自信が欠如しているのです。

 もちろん、これが普通のセッションで普通のリプレイを書くなら臆せずやります。全力を尽くして失敗したなら致し方なし、と言ったノリですね。
 ところがヴィジュアルリプレイは「作るのが大変」です。少なくとも普通のリプレイよりは。 
 その間のモチベーションをキープするためには、「これは絶対に面白いんだ!!」という強い確信がないと難しいのです。
 この強い確信を抱けるだけのシナリオ。それは私のGM史内で屈指のベストシナリオでなくてはなりません。
 …いや、それは今回までの話なのですけどね。前回は作り方も良く分からないので、流用不可能な形で作りましたが、今回からは流用しやすい形で作成することになっています。アリアンならばテキストや図を入れ替えるだけで次回作が作れるはずです。
 ですから、次回以降はそこまで気負ってプレッシャーを感じながらシナリオを作る必要はなくなるでしょう。もちろん手は抜きませんが、過度に「あれもダメだ、これもダメだ」という思考にはならずに済むでしょう。
 しかし、今回はまだそこまで状況が整っていないのです。
 半年以上の作成期間を乗り切れるだけの自信が必要です。

 そういう訳で、どうしようか色々と悩みこんでしまうわけです。
 ま、実際のセッションはもう少し先ですから、あまり思い詰めずに考えていくつもりですが。
 …とりあえず、ダンジョンに近いオープンエア・ダンジョンが、アリアンをやる上では一番良いかなぁ…とは思っているのですが。


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【2006/03/06 01:48】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 まさかバトンなんぞが回ってくるとは夢想だにしておりませんでした。
 あんまり受け取る気もないんだけど(苦笑)、相手がオフの友人ならば致し方ない。

 バトンをくれたAmethyst氏によると、私をイメージする漢字は「懐」らしい。
 うーーん、過大評価(苦笑)。
 懐が大きく見えるとしたら、それは私が混沌として定まっていない存在だからでしょう。

 私がイメージするAmethyst氏の漢字は「歌」。ずっと歌いたい歌を心に抱えている人。でも上手く歌えないことに、出会った頃からずっと悩み続けているような、そんな感じ。
 
1.好きな漢字
 「激」…人生過激にいきたいものです。太く短く。

2.前の人が回した漢字に対して自分の持つイメージは?
 「神」‥‥人を不幸と幸せの両方に同時にする存在。
 「紫」‥‥不安の象徴色だと思う。ちなみにカリウムの炎色反応。
 「詩」‥‥心の中にあってなかなか口から出てきてくれないもの。これがパッと出てくる人は、きっと喉のあたりに、詩を外に運び出す代わりに糖をもらっているハムスターみたいな毛むくじゃらの生き物を飼っているに違いない。

3.次に回す漢字三つ
 誰に回すと言うのだろうか? …まあいいや。
 「跳」…跳躍の跳。見る前に跳べ!
 「眠」…人間の最大の欲望だと信じているのは私だけ?
 「然」…あるがまま。然し、自然や天然という言葉に満ち溢れる人工の香り。

4.大切にしたい漢字
 「変」…変わるということ。それを忌避しない、否定しない。しかし呑まれない。大切な事は見失わない。…なかなか難しい。あるいは変人でありつづけるということ。

5.漢字の事をどう思う?
 食べていると一日中食べ飽きないお菓子。

6.最後に貴方が好きな四字熟語を三つ
 「自信過剰」…まずは信じることから始めないと(笑)。失敗したらその時はその時。またやり直せば良いのです。
 「有為転変」…世界は劇的に変化する。もしくは劇的に変化させる。GMやる時の心がけ。
 「一意専心」…愚直に一本槍。何度も繰り返す。粘り強く根気強く続ける。いつかは山も動かせる。「山を抜ける」だと失敗しそうだね(笑)。

7.バトンを回す七人とその人をイメージする漢字
 うーーん、ブログ書いている友人は少ないのですよ。
 とりあえず二人に。多分持っていかないと思うけど(苦笑)。

 ・院生日記の山本一生に。彼のイメージは「直」。直観力に冴え、気分が乗った時の一撃破壊力はなかなかのもの。時々、突っ込みすぎて停車駅に止まれない蒸気機関車。良くも悪くも「直」。
 ・勝手にむさぴょんのむさぴょん子さんに。彼女のイメージは「繊」。先輩が退部した時に泣きはらしたりする優しい娘さん。図太い人間さと開き直ったそぶりをするくせに、実は色々なことを気にしているみたい。良く体を壊す(笑)。

 ま、もっていきたかったら持っていって下さい。忙しいならそのままスルーして頂戴な。


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【2006/03/05 17:53】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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おお!
Amethyst
早速やってくれたんだね^^ 有難う。
ってそうか「Amethyst氏」だったね、俺は(w

成る程「歌」かぁ。
そして上手く歌えない。
的確な人間観察だねぇ。すごいな。

変化に対するスタンスはいいねぇ。
時よ止まれ!永遠に17歳!じゃこの世は渡ってゆけないもんね(^^;
「有為転変」と「一意専心」を並べるのもナイス。
そして「自信過剰」をトップに置けるのは素直に羨ましいな。
何かを始めて、失敗して、また最初から。
最近そう生きたいと思ってる。
エネルギーを自己否定で潰すのはもうやめよう(笑)。


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 最近、どうもこのブログが某所の検索対象から外れたようです。
 別に内容をぼかして書く必要もなくなったかも知れません。

 さて。
 今回はTRPGで大人数のセッションをするための手がかりについて、思いついていることをメモしておこうかと思います。
 こんなテーマで悩んでいる人間は私だけでしょうね(苦笑)。世の中は少人数でセッションをやるための工夫の方が需要が多いし、研究もされているに違いありません。
 なのに何故大人数でセッションをする方法の研究が必要になったのかと言うと、この間のコルセックの親睦会でプレイヤー8人相手にセッションをする予定だったからです。もっとも最終的にはプレイヤー人数は6人に収まり、大人数と言う点で苦労するシナリオ作りにはなりませんでしたが。
 しかし、最初は8人を想定して「どうすれば8人捌けるシナリオを作れるのだろうか?」と頭を悩ませたのです。
 その悩みにはそれなりに成果があって、解決方法への手がかりのようなものを思いついた…とそういう訳です。
 
 大人数でセッションを行う場合、とにかくプレイヤーが退屈すると言うことが問題になります。
 これはプレイヤーの積極性である程度解決できるものの、逆に積極的すぎる場合、他のプレイヤーを押しのけてGMを独占してしまう…的なデメリットもあります。
 これらの問題は通常の人数でのセッションでもある訳ですが、大人数になるとその問題の影響が増すようなのです。
 まずGMは全員の出番が均等になるように気を配る必要が(シナリオ作りの段階で)あります。これは私がここ数年間、ずっと取り組んでいたテーマの一つで、最近は基本原則については身につけられたテクニックだと思っています。具体的なシナリオネタの面で不足があり時々失敗しますが、そこを補えれば得意技にできるでしょう。

 しかし、大人数の場合、これには限界があります。
 というのは、特に非戦闘場面での障害では、一人のキャラの能力で解決する…という事が多いからです。
 例えばダンジョンでトラップ発見・解除。これは盗賊の出番であり、他のキャラは基本的には盗賊がトラップを解除するのを待っていなくてはなりません。
 大人数セッションではこれは憎悪すべき状況です。8人中、たった1人しかイベントに取り組めないのは、極めてよろしくありません。

 自動的に発動し、全員が巻き込まれるタイプのトラップは、この点から見るとかなり理想的です。イベントには全員が巻き込まれるのですから、暇をしている人間が(原則的に)いなくなる訳です。
 ですから、全員を対象にした罠の類は必須となります。
 しかしこれにも限界があります。
 プレイヤーはすぐ学習して、「先遣隊」を用意するからです。この場合、先遣隊だけが罠に取り組んで、他のPCが暇になりかねません。

 したがって、障害の排除・解決に複数人のPCの力が必要になる…という方法が必須です。(ボードゲームの「キャメロットを覆う影」なんかがそういう発想で作られ、成功しているゲームですね)
 複数人の力が必要になる、もっとも単純で思いつきやすい例は、おそらく力仕事でしょう。重い岩を持ち上げる、動かす、何かを寄ってたかって叩き壊す、など。
 二つ同時に持ち上げないとならない宝玉とか、同時に開けなくてはならないドアとか、そういう方法もあります。
 しかし考えているうちに、複数人の力が必要な方法を思いつくのは、実は少々骨が折れることも分かってきました。
 例えば、魔法陣トラップで、魔法陣から放たれる魔法を押さえ込むためには複数の魔法が必要(有効)…といった、魔法協力というルールがあれば、複数人を解決に駆り出すのは簡単なのです。
 しかし、そんな素っ頓狂なルールがあるシステムは、少なくとも私は見たことがないですね。アリアンのリインフォースのコンボがそれに近いと言えば近いようですが…何かちょっと違うのですよね(腰を据えて考えれば応用できるかも知れませんが)。

 どうもTRPGはシステムの根幹として、「障害はPCの誰か一人が解決する」という思想があり、「解決できる障害の内容を、各PCごとにバラバラにしておく」という方針でシステムが作られているようなのです。複数人の協力は前提ではないと。
 しかし大人数でセッションを遊ぶ場合にはその「TRPGの基本的発想」は通用しません。無理してでも複数人協力のイベントを作る必要があります。
 TRPGの既存形に近い方法を取るなら、複数の異なった能力値・技能を必要とする判定を組み合わせる方法が良さそうです。
 例えば吊り天井+鍵。鍵を開けないと逃げることも先に行くこともできないが、天井は落ちてくる。戦士に天井を支えさせている間に、盗賊が鍵を開ける。
 あるいは、扉の前に重いシャッターが置いてあって、そのシャッターを持ち上げている間だけしか鍵開けができない…とか。ちと強引?
 魔法陣ならば、魔法を中和している間に陣を破壊しなくてはならない…といった感じでしょうか。中和者と破壊者の二人が必要と。
 こうすると、「1つの障害は一人が解決する」というTRPGの基本的な思想とそう違和感なくマッチさせることができます。
 …できますが、これは基本的には応急処置です。強引ではない自然な例を思いつくのが難しい…と今のところ思います。
 やはり基本ルールの時点で、一つの行動を複数人で行うためのルールが支援されているのが望ましいですね。特に魔法など「現実に存在しないもの」にはデザイナー次第でいくらでも入れられるのですから。
 ただし、ただ「行動に複数人が必要」と言うだけではダメです。最低でも、それぞれに判定が必要な形でなくてはなりせん(とりあえずヒーローポイントを使うかどうかを悩む必要は出てくるのですから)。理想を言えばそれぞれが障害にジレンマを感じ、解決方法を探るような形を提示できるものが良いですね。

 尚、話の流れ的に入れる場所がなくなってしまったのですが、協力判定以外の方法として、逃走や追跡などのアクションシーンも複数人を暇にさせない方法になりえます。


 …読んでいて気づいたかも知れませんが、TRPGには最近のボードゲーム・カードゲームでは必ずといって良いほど考慮されている「プレイヤーを暇にさせない工夫」が足りません。
 例えばカタンは、他人の手番の間に自分のリソース回復が発生します。プレイヤーを暇にさせない工夫があるのです。
 TRPGのシステムにもそういう工夫が欲しいですね。
 その観点から見ると、「戦士」「盗賊」「魔法使い」「僧侶」のクラスの4分類をやめるのは真剣に検討して良い選択肢だと思いますが。
 戦闘中や能力的な区分けではなく、フィールド移動中に起こるイベントに対応してクラス分けをした「トレイダーズ!」は、着眼点としてはかなり秀逸だったんですけどねぇ…。


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【2006/03/05 03:46】 | トークRPG
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