ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 (mixiからの転記に追記)

 ソードワールド2.0をアドベンチャーゲームで体験してしまおう、という企画だそうです。

 行け!剣の世界で冒険者

 M3のカタログを買いに行った時に見つけて、思わず買ってきました。
 実はTRPGのブログ界隈で少し話題になっていたらしいのですが、見事に情報を逃していました。何のためのRSSやら(苦笑)。

 それにしても、電子媒体でのTRPG入口アイテムという発想は、もう特異でも何でもない時代に入ったのかも知れませんね。
 まあ、全く流行らないって状態に比べれば、遥かに素晴らしいはず。先見の明ぐらいは誇って良いかな。
 でも、アイマス・リプレイキネティックノベルビジュアルノベル形式リプレイなど類似のものが乱立する呈の中で、ヴィジュアルリプレイはどこを目指すべきなんだろう?

 とりあえず、丹川幸樹に代わるプロデューサーとGM、テキストライターが必要だとは思います。
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【2009/04/30 23:03】 | トークRPG実験箱
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 ハンドアウトが何年も前に通り越した所を(一度は私も素通りした所を)、再度掘り起こしながら別の場所を目指しているのです。(微妙に前回の続き)

 PCが主人公なのだと仮定しましょう。
 いや、常識的に考えてPCは主人公なはずですが、PCが本当に主人公なのかどうかという議論もかなり長くできてしまうので、とりあえず今そこはパスしましょう。
 とにかくPCが主人公です。
 ということはつまり、PCが「○○へ行きたい」と思うことでシナリオができるはずなのです。(前回参照)
 温泉に行きたいなら温泉に行くシナリオが、仇討ちに行きたいなら仇討ちに行くシナリオが。
 その部分を、「君は温泉へ行きたいと思った」とやるのがハンドアウト(でしょ?)。
 「君の仇であるヘルゲンが、ケルファーレンの街に出没しているという噂が流れている」とやるのが普通のGM(多分)。
 でも駄目GMの私はこういうセッションにしたい。
 「GM、俺は仇の灰色公の館に襲撃をかけたい。まずは町人として町に溶け込む。火事が起きたら便乗して火の見櫓に登り、屋敷の見取り図を描くつもりだ。最後は足音が立たない、雪の積もった夜に襲撃をかけたい」
 とプレイヤーが言い出すセッション。
 
 違いが分かり難いかも知れません。
 しかし、TRPG的にシナリオを作るのならば、通常はこうであるべきなのです。
 「アルベルト、今回は君の仇を討つ話だ。前のセッションから数ヶ月、君は町人として町に溶け込むことに成功している。その間、灰色公の屋敷に出入りする商人やメイドと親しくなったり、火事に便乗して火の見櫓に登ったりして、灰色公の屋敷の概要も掴んだ。今晩は昨晩に引き続き、しんしんと雪が降り積もる夜だ。積もった雪は足音を消してくれるだろう。襲撃には絶好のチャンスだ」
 こういう導入で、屋敷への討ち入りのシナリオを遊ぶ。
 このシナリオならば、TRPG的に難しいところがなく解決できます。多分。(まあ、少なくとも私は困らない)

 しかし、私が望んでいるのは「討ち入りをする」というその根本的方向性の部分から、プレイヤーの提案に拠るシナリオなのです。
 「襲撃をかけるシナリオだよ」とGMから言うのではなく。
 「襲撃をかけるシナリオをやらせてくれ」とプレイヤーから頼む。
 そして「俺はこういう順番でそれを解決したい」と青写真をプレイヤーが提示する。それを踏まえてGMはシナリオを作る。
 焦点は「言いだしっぺが誰なのか」ということ。それはつまり、「誰が主体なのか?」と言うことです。
 GMという他人の計画に乗るのではなく、プレイヤー自身が主体となって計画を立てる。
 シナリオを作るのはプレイヤーなのですよ。

 主体の違いを「無視しても構わない違い」と認識するのが、多くのテーブルトーカーです。…と勝手に思っています。(違いました?)
 けれども、私は気になるのです。「天と地ほど違うじゃないか」と思ってしまう。
 自分でも実はうんざりしているのですが、この「違うじゃないか」と思うのが、私の最大の欠点なのです。同時に私のシナリオのオリジナリティとアイデンティティの源泉でもあります。道理でみんなギルマンになってしまう訳です(関係ない)。

 歴史小説や軍記物を読んでいると(別に普通の小説でも良いのですけれども)、「主人公の意志」が輝く瞬間があります。
 遊郭通いの腑抜けた態で人の目を欺きつつ、最後には粛々と仇討ちを果たした大石内蔵助?
 足利の世が続くのだと皆が信じていた時代に、将軍を追放して自らの天下を作り上げた織田信長?
 越の国の再興を目指し権謀術数をめぐらし、伝説の美女・西施を育て上げて敵の王宮に送り込むまでした范蠡?
 自らの意志、自らの構想、自らの夢。そしてその実践。
 構想の大胆さ、計画の奥深さ、危険に飛び込む勇敢さ。それにとても惹かれてしまう私がいます。
 誰か他の人が決めたのではない。主人公が自ら考え、知恵は借りたにしろ、部下を統率し、最後に決断を下し。その一つ一つで放たれる意志の輝き。
 それがカッコよくてカッコよくて、だから歴史小説を読むのかも知れません。

 でもTRPGをしていると、どうも歴史小説で見るような「カッコよさ」になかなかめぐり合えません。
 どうしてもPCはGMに受身になってしまう。
 カッコよいセリフを吐くプレイヤーは結構いますが、でも根本的には受身じゃないですか?
 そもそもNPCから依頼されてシナリオを始めたらもう負けなんですよ! 自分で古地図見つけるんだ! 自らの意志で潜るダンジョンを選ぶんだ! そして盛大に空振りするんだ!(違)
 そのプレイヤーの受身っぽさがどうにも目についてしまう。カッコ悪く見える。
 プレイヤーよ、自らの構想で宇宙をひっくり返せ!


 …駄目だ、駄目すぎるよ私。
 そんなことしたらセッションにならないじゃないですか。GMが困るばっかりですよ。


 でも。
 そういうセッションがやりたい。



 いつもいつも、そうでないといけない訳ではないのです。
 GMが主体のセッションでも、それはそれで悪くはない。
 でも、違うセッションがあった方が楽しい。
 つまり、TRPGのセッションはまだまだバリエーションに乏しいと感じているのですよ、私は。


 実は、過去そういうセッション例が無い訳ではありません。
 セブン=フォートレスのリプレイ「アルセイルの氷砦」でダンジョンを作ったPCがいました。
 私が知る限り、多分それが一番近い例ですね。
 でも、あなたのサークルで、皆が皆、プレイヤーをやっている時にダンジョン作りませんよね。
 特殊例で終っちゃ駄目なんですよ。
 「変わったこと」ではなく、「そういう方法もある」という、一つの確立した方法論にならないと。
 プレイヤーが主体となってシナリオを作れる構造。それと、そういうセッションを遊べるのだという共通認識。
 つまりはシステムの確立と周知が焦点なのです。


 で、具体的にはどうやったら良いのでしょう? 続く!(また嘘ばっかり)


 (色々と書いてきましたけど、ゴールデンウィークのセッションでこれができると言う訳では実はないのが残念なところ。次の次ぐらいにはできると良いな)


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【2009/04/29 02:13】 | トークRPG実験箱
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 ぐだくだ言いながら、また3ヶ月もGMやっていないです。
 「ヤバイ、ゴールデンウィークだ。そこでやらなかったら、いつできる?」とか思って、急遽GMの計画を立てました。
 というわけで、現在、シナリオ作り中です。
 今回もPL2人の少人数。
 シナリオの構想は、あって無きが如し。いくつか粗筋を書きなぐった紙はあるんだけど、「それどうやってTRPGでやるのさ?」ってなのばっかり。
 一時期、TRPGの固定概念にがっちりはまこりんで、発想の柔軟性を失ってしまった反省がありまして。ここ数年は、なるべくTRPGらくしないシナリオを考えて、そこからTRPGへの落とし込み方を考える…という無理難題と向き合っています。
 せっかく、「常識通りが素晴らしいんだ」というプレッシャーから自由になれたことですし。
 
 色々と考えてみて改めて思ったのですけど、TRPGでストーリーを扱う上でキーになるのは、どうやったってPCですね。
 ゲーム性を前面に押し出すのならば、GMの発想が前面に押し出せますけども。
 例えば「おもひでぽろぽろ」ならば、タエ子さんが感じて、話して、思い出して、引き返したことがストーリーな訳ですよ。
 ってことは、主人公であるPCがどう行動するがが、もうストーリーのほとんどを決めてしまう。
 ストーリーを重視したシナリオを作ろうとすると、PCに依存する部分が大きい。
 主人公がどんな葛藤をするのかも、PCの設定次第では何も悩めない!

 だからこそのハンドアウトであり、だからこそ使いたくないハンドアウトです。
 自分のキャラの葛藤をGMに決められたくないのが私のワガママであります。
 GMが決めた設定での葛藤より、自分が決めた設定のせいで葛藤になる方が100倍楽しい。
 その差は無視できるなんて乱暴な意見、どうかな。良いセッションしてないんじゃないの?(余計なお世話)
 「遊べないよりは遊べる方がマシ」という立場での意見ならば否定はしませんが、「遊べるならばもっと楽しく!」ですから。
 でもその立場を貫こうとすると、プレイヤーの発想力によってシナリオが面白くもなるしつまならくもなる。面白くするための工夫が裏目に出る。そしてセッションの面白さを担保できないシナリオはGMとして作りにくい。
 というか、シナリオはプレイヤーに作らせろ。
 どうやって?

 続く!(ほんと?)


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【2009/04/22 00:19】 | トークRPG実験箱
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 5月5日はM3だ!
 今回こそ行く。
 絶対行く。
 とりあえずカタログ買って来なくちゃ。

【2009/04/16 00:49】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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 できた! と思います。
 BGMスクリプト。
 Flashからの操作で、midiが再生できる環境ならばmidiを再生し、無理ならばmp3を再生するっていう代物。
 ここ一ヶ月ぐらい、バグ取りしかしてなかったんじゃ…。
 ついに、自分で確かめた範囲ではきちんと動くようになってくれたと思います。
 「青の彼方」のスクリプトチームを中心に、テストを投げてみました。

 しかし翻って思うに、「Flashと通信して変数を同期するのが(ちょっと)面倒だから、JavaScriptとActionScriptで個別に管理しちゃうか」と思ったのがトラブルの開始地点でしたね。
 
 トラブルが発生した時、「あ、ちょっとしたトラブルだと思うから、少し手を入れて」と思っていたら、またトラブルが出ていて。ちょっと修正したらまたトラブル…を延々繰り返す羽目に。
 根本的に改めるべき点と、ちょっと補修で改善すべき点。判断が難しいですね。
 ただ、複数のもので同じ動きをする場合は、やはり共通化や同期などの処理を取った方が、最終的にはバグが少なくて済むのかも知れませんね。今後に活かしたいです。

 今回、かなり if にやられました。
 条件分けを上手く設定できなくて、必要な曲を読み込めなくて。
 必要な曲をロードするだけなのですが、どの曲をどの順番で読込、どのタイミングで再生を開始するのかが、意外と状況によって統一性がない。最初にFlashから再生した時、Flashで再生せずにJavaScriptのプラグインで再生した後Flashに移動したとき、その後JavaScriptに戻ってさらにFlashに来た時、それぞれ同じようで条件が少しすつ違うのです。
 そういうものを上手く単純な条件分けで分けられるのというのが…数学的センスってヤツなんでしょうねぇ。
 数学Aで勉強した「整数問題」を解いているような気分になっていましたよ。
 ActionScriptの本に「数学は分からなくてもスクリプトは書けますが、分かっていた方がより上手く書ける」と書いてあったのですが、それをひしひしと身に沁みて実感しています。


 とりあえず何とか片付いて、ちょっとした解放感。そして安堵感。
 でも、今日はまだ何時間か残っているから、そのまま無駄にするのも勿体無い。
 するとまた新しい部分のスクリプトを書き始めて、そこではまって、鬱屈とした気分になるんでしょうねぇ…(笑)。


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【2009/04/12 18:43】 | 天地未だ形れざるとき
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 (mixiより転記)

 RPGの産みの親の相方、デイブ・アーンソンが亡くなったそうです。
 http://suzakugames.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/sr4a3-b371.html


 これで世界最初のRPGを産み出した二人が、揃って他界してしまいました。
 去年、ガイギャックスが亡くなってから、一年ぐらいしか経っていません。(ガイギャックスも春でしたね)
 たぶん、そう感じるのは実際と違うんだろうけれども、まるで連れ添った夫婦みたいな逝き方。
 61歳、まだアーンソンは若かったんだけどなぁ。
 桜を見たら思い出しそう。


 氏の偉大なる功績に。感謝を込めて。

【2009/04/10 21:55】 | トークRPG
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