ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 自分が今考えていたことと、ある方の日記が微妙にシンクロしたので、ちょっと書いてみますか。「私がモノを作る理由」。
 (※mixiからの転記です)

 実は、私は記憶に残る限り幼いころから、何かを創っていました。
 とは言っても、例えばブロックで好きな形を作るとか、そういう事が中心でしたが。
 確か親があまり玩具を買ってくれなかったので、数少ない玩具を購入する機会に、「何度でも遊べるから」という理由でブロックを買ってもらっていたような気がします(笑)。
 つまり、対費用効果を最大限に上げるための、子どもなりの知恵だったんですね(笑)。
 何か欲しい玩具があっても、親が買ってくれないので、ブロックで形を作って代替していたりもしました。
 合言葉は「欲しい玩具がある。ならブロックで創れ!」でした(笑)。
 
 まあ確かに、ブロックは子どもなら誰でも遊ぶ可能性のある玩具であり、その点では特異ではないでしょう。が、しつこくしつこくブロックで遊び続けたと言う事を考えると、やはりこれが私の創作の原点なのかな、と思います。
 それに、イメージに従って何かを作り上げていくという、創作に不可欠の行為には、ブロックで散々馴染んだ気がしますし。


 その後、小学校高学年あたりからディオラマ写真に入って行くことになるのですが…これも割と難儀な理由でして。
 欲しい玩具(※トランスフォーマーやゾイド)がやっぱり買ってもらえなくて、玩具屋の前に貼り付いてしょっちゅう眺めていたんですね。その頃になると、ブロックではあまり細かく似せることができない事に気がついて、不満を感じていました。
 お店に貼り付いているうちに、欲しい玩具(のキャラ)が登場する物語を空想するようになりまして…やがて、物語を考える楽しみを知ったんですね(当時はそんな自覚はありませんでしたが)。
 それで今度は、新しい物語を空想するために、玩具屋に行くという…(笑)。
 やがて、友人から誘われたのをきっかけに、自分の考えた物語をディオラマ写真の形で再現しようとしはじめたんですね。
 (ちなみに、ディオラマ写真に必要な「実物」は、友人達と持ち寄って、なんとか揃えました)


 …こうやって振り返ってみると、私が創作系に足を踏み入れたのは、親の「子どもにお金の大切さと、我慢する事を覚えさせよう」という教育方針の賜物ですね(笑)。
 素晴らしき英才教育(笑)。
 まさかこんな子に育つとは、お釈迦様でも気がつくめぇ。

 そういえばゲームを創り始めたのも、小学校6年生のころ遊んだモノポリーが面白くて、「あのゲーム面白い。でも買ってもらえないから、真似して創るか」というのが始まりだった気もしますし…


 もっともその後、創作の動機は完全に変質してしまいますが…。
 今も小さい頃のように、純粋な物欲で創作ができたら、どんなにか幸せか…と思います(笑)。


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 まあ確かに、ブロックは子どもなら誰でも遊ぶ可能性のある玩具であり、その点では特異ではないでしょう。が、しつこくしつこくブロックで遊び続けたと言う事を考えると、やはりこれが私の創作の原点なのかな、と思います。
 それに、イメージに従って何かを作り上げていくという、創作に不可欠の行為には、ブロックで散々馴染んだ気がしますし。


 その後、小学校高学年あたりからディオラマ写真に入って行くことになるのですが…これも割と難儀な理由でして。
 欲しい玩具(※トランスフォーマーやゾイド)がやっぱり買ってもらえなくて、玩具屋の前に貼り付いてしょっちゅう眺めていたんですね。その頃になると、ブロックではあまり細かく似せることができない事に気がついて、不満を感じていました。
 お店に貼り付いているうちに、欲しい玩具(のキャラ)が登場する物語を空想するようになりまして…やがて、物語を考える楽しみを知ったんですね(当時はそんな自覚はありませんでしたが)。
 それで今度は、新しい物語を空想するために、玩具屋に行くという…(笑)。
 やがて、友人から誘われたのをきっかけに、自分の考えた物語をディオラマ写真の形で再現しようとしはじめたんですね。
 (ちなみに、ディオラマ写真に必要な「実物」は、友人達と持ち寄って、なんとか揃えました)


 …こうやって振り返ってみると、私が創作系に足を踏み入れたのは、親の「子どもにお金の大切さと、我慢する事を覚えさせよう」という教育方針の賜物ですね(笑)。
 素晴らしき英才教育(笑)。
 まさかこんな子に育つとは、お釈迦様でも気がつくめぇ。

 そういえばゲームを創り始めたのも、小学校6年生のころ遊んだモノポリーが面白くて、「あのゲーム面白い。でも買ってもらえないから、真似して創るか」というのが始まりだった気もしますし…


 もっともその後、創作の動機は完全に変質してしまいますが…。
 今も小さい頃のように、純粋な物欲で創作ができたら、どんなにか幸せか…と思います(笑)。

【2006/08/29 22:34】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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