ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 書きたいことが色々と溜まっています。
 忘れないうちに書き残したいですね(苦笑)。

 今回ルナルリプレイを書いて、「ヴィジュアルリプレイ的なリプレイ本文の書き方」というものが、なんとなく見えてきました。
 実は千の道を作った時、本文をどうやって書けばいいのか、全くわかっていなかったんですよね(笑)。
 従来と同じテープ起しの方法、推敲の方法ではダメだと言うことだけははっきり分かっていたのですが…
 
 ヴィジュアルリプレイは画面が派手なので、とかくそちらにばかり注目が行きます。
 もちろん、あの画面も大事なのですが、作っていて画面以上に難しかったのが、本文の執筆であり、リプレイ全体の構成だったのです。
 実は画面は、作業量が多かっただけで悩む箇所はあまり多くなかったのです。

 以前公開していた(現在手直し中の)「書き手からのリプレイ論」というコラムでさんざっぱら主張した事ですが、「会話だけつなげるより、プレイヤーの心境が分かった方が、リプレイは面白くなる」というのが私の持論です。
 そしてそのプレイヤーの心境を描くための手段として考案されたのがヴィジュアルリプレイです。
 しかし「確率図やステータス、現在位置を示しただけで、プレイヤーの心境を描くことができるのか?」と言えば、それは割とノーなのです。
 あくまでそれらの情報は、プレイヤーの(ゲーム的な)思考を説明するための、必要な前提情報に過ぎません。
 これらの前提条件から、必然的に浮かび上がってくるものと言うものは、確かにあります。 
 しかしそれを括弧たる心理描写にするのは、最終的には本文なのです。

 よくリプレイを書く人は「戦闘になると、テープ起しの速度が早くなる」と言います。
 しかしこれはプレイヤーの思考の「結果」だけを書くからです。
 普通のリプレイは、プレイヤーの「悩み」を基本的に割愛します。
 ところが私が描きたいのは、普通のリプレイではカットされる「悩み」なのです。
 ですから、ヴィジュアルリプレイの本文の書き方は、普通のリプレイとは自ずと異なるはずなのです。

 異なるのは良いとして、ではどう変えれば、良いヴィジュアルリプレイになるのか?
 手探りで書き進めていったのが、千の道でした。
 当時はあれで精一杯だったのですが、一年経って振り返ってみると、粗い点や問題がある箇所は、やっぱり色々とあります。
 今回のルナルのリプレイは、その本文の書き方の研究を一歩進めたいと思っていました。


 幸いにして、いくつか掴めた事があります。
 まず、悩みは簡潔に書くということです。
 実際にはぐだくだ(?)あーでもないこーでもないとプレイヤーは悩むのですが、それをそのまま起しても、読んでいてつらい。堂々巡りがあったり、大切なポイントを見逃していて、結論とは全く違う部分で悩んでいたり、思考が混乱していたりすることが多くあるからです。
 そういった思考経過が、実際のセッションでは意味がある場合もあります。しかし基本的には、リプレイ読者に同じ悩みを共有させることは、望ましくないように思われます。
 (リプレイで堂々巡りの議論がされれば、読者の思考も堂々巡りすることになるのです)
 実際のセッションでそういった「削るべき」思考経過に意味が出るのは、後で条件が少し異なった場面で悩みが発生した時、「前の時、結論には関係なかったが、悩んでいたこと」がその時役に立つ…といったケースです。
 この場合、前の悩みをこの「価値が出た時」に統合してしまうのが、良いようです。

 簡潔に書くことは大事ですが、しかし悩みのプロセスを書かないと、心理描写を目指す方向性が根本的に崩壊してしまいます。
 実は、プレイヤーの思考のプロセスには「小結論」とでも言うべき箇所が何箇所かあります。会計で言う「小計」と同じようなもので、悩みを構成する1パートについての結論です。(もしなかったら…ときどき無いこともある…リプレイの書き手が挿入してしまった方が良いです。そちらの方が、格段に理解しやすいリプレイになります)
 小結論に合わせて根拠を書くことも必要ですが、これを「1つ目の根拠、2つ目の根拠、…、小結論」という順に書くと、割とテンポ良く悩みを書くことができるように思います。
 この小結論、一つ目の小結論と二つ目の小結論で、矛盾したり不一致がおきたりします。
 そうなった方が楽しいのですが(笑)、その小結論同士をどう総結論に持っていくのか…というプロセスは、多分書いていて面白くなると思います。
 重点的に書くべき悩みは、だいたいこの部分にあるように見受けられます。(今のところの結論ですが)

 千の道では、「初心者も読む」という前提で、プレイヤーの判断を、戦術の基礎から説明をしていたのですが…これが執筆の混乱の一つの原因となってしまいました。
 問題だったのは、プレイヤーが初心者でなかったと言うことです。
 もしプレイヤーが初心者だったならば、その戦術の基礎を書くことに全然問題はありません。
 しかしルナルのベテランが入っていたセッションで、ベテランは基礎を無意識の前提とし、その先も無意識の前提とし、そのまた先について悩んでいました。
 この悩みを、基礎レベルから書き上げると…説明しなきゃならないこと、把握しなくてはならない事が多くなりすぎてしまう訳です。
 これが、千の道が長くなりすぎてしまった原因でもあり、本文も構成もすっきりしなくなってしまった原因でもありました。
 今回のルナルリプレイでは、そういう段階の部分を、割とばっさり切り落としました。(治癒のエリクサーの説明など、残っているものもありますが)
 その結果、「ああ、こういう風に書けたらいいんだなぁ」となかなか納得できる本文に一度はなりました。
 とは言え、最後はページ数超過で削りすぎ、「美味しい部分」まで削ってしまわねばならなくなったのですが…(苦笑)。
 最終的に今回の話では、「戦闘のゲーム性上の悩み」よりも「GMがシナリオ的に仕込んだ仕掛け」を重視した方が良いという結論に、ならざるを得なかったもので…
 ゲーム性重視の戦闘としては、実はあまり成功していないので、だいぶ削ることにしたのです。なんで成功しなかったのかと言う点に関しては、別の時に話を譲りたいですね。
 ただGMが仕込んだ仕掛けにもゲーム性が皆無と言う訳ではありませので、ヴィジュアルリプレイ式の本文が活きている箇所はあります。


 さて、今日はこんなところで。
 …気が向けば続きます。(本当は続けたいのですが…気力次第なので)


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 ヴィジュアルリプレイは画面が派手なので、とかくそちらにばかり注目が行きます。
 もちろん、あの画面も大事なのですが、作っていて画面以上に難しかったのが、本文の執筆であり、リプレイ全体の構成だったのです。
 実は画面は、作業量が多かっただけで悩む箇所はあまり多くなかったのです。

 以前公開していた(現在手直し中の)「書き手からのリプレイ論」というコラムでさんざっぱら主張した事ですが、「会話だけつなげるより、プレイヤーの心境が分かった方が、リプレイは面白くなる」というのが私の持論です。
 そしてそのプレイヤーの心境を描くための手段として考案されたのがヴィジュアルリプレイです。
 しかし「確率図やステータス、現在位置を示しただけで、プレイヤーの心境を描くことができるのか?」と言えば、それは割とノーなのです。
 あくまでそれらの情報は、プレイヤーの(ゲーム的な)思考を説明するための、必要な前提情報に過ぎません。
 これらの前提条件から、必然的に浮かび上がってくるものと言うものは、確かにあります。 
 しかしそれを括弧たる心理描写にするのは、最終的には本文なのです。

 よくリプレイを書く人は「戦闘になると、テープ起しの速度が早くなる」と言います。
 しかしこれはプレイヤーの思考の「結果」だけを書くからです。
 普通のリプレイは、プレイヤーの「悩み」を基本的に割愛します。
 ところが私が描きたいのは、普通のリプレイではカットされる「悩み」なのです。
 ですから、ヴィジュアルリプレイの本文の書き方は、普通のリプレイとは自ずと異なるはずなのです。

 異なるのは良いとして、ではどう変えれば、良いヴィジュアルリプレイになるのか?
 手探りで書き進めていったのが、千の道でした。
 当時はあれで精一杯だったのですが、一年経って振り返ってみると、粗い点や問題がある箇所は、やっぱり色々とあります。
 今回のルナルのリプレイは、その本文の書き方の研究を一歩進めたいと思っていました。


 幸いにして、いくつか掴めた事があります。
 まず、悩みは簡潔に書くということです。
 実際にはぐだくだ(?)あーでもないこーでもないとプレイヤーは悩むのですが、それをそのまま起しても、読んでいてつらい。堂々巡りがあったり、大切なポイントを見逃していて、結論とは全く違う部分で悩んでいたり、思考が混乱していたりすることが多くあるからです。
 そういった思考経過が、実際のセッションでは意味がある場合もあります。しかし基本的には、リプレイ読者に同じ悩みを共有させることは、望ましくないように思われます。
 (リプレイで堂々巡りの議論がされれば、読者の思考も堂々巡りすることになるのです)
 実際のセッションでそういった「削るべき」思考経過に意味が出るのは、後で条件が少し異なった場面で悩みが発生した時、「前の時、結論には関係なかったが、悩んでいたこと」がその時役に立つ…といったケースです。
 この場合、前の悩みをこの「価値が出た時」に統合してしまうのが、良いようです。

 簡潔に書くことは大事ですが、しかし悩みのプロセスを書かないと、心理描写を目指す方向性が根本的に崩壊してしまいます。
 実は、プレイヤーの思考のプロセスには「小結論」とでも言うべき箇所が何箇所かあります。会計で言う「小計」と同じようなもので、悩みを構成する1パートについての結論です。(もしなかったら…ときどき無いこともある…リプレイの書き手が挿入してしまった方が良いです。そちらの方が、格段に理解しやすいリプレイになります)
 小結論に合わせて根拠を書くことも必要ですが、これを「1つ目の根拠、2つ目の根拠、…、小結論」という順に書くと、割とテンポ良く悩みを書くことができるように思います。
 この小結論、一つ目の小結論と二つ目の小結論で、矛盾したり不一致がおきたりします。
 そうなった方が楽しいのですが(笑)、その小結論同士をどう総結論に持っていくのか…というプロセスは、多分書いていて面白くなると思います。
 重点的に書くべき悩みは、だいたいこの部分にあるように見受けられます。(今のところの結論ですが)

 千の道では、「初心者も読む」という前提で、プレイヤーの判断を、戦術の基礎から説明をしていたのですが…これが執筆の混乱の一つの原因となってしまいました。
 問題だったのは、プレイヤーが初心者でなかったと言うことです。
 もしプレイヤーが初心者だったならば、その戦術の基礎を書くことに全然問題はありません。
 しかしルナルのベテランが入っていたセッションで、ベテランは基礎を無意識の前提とし、その先も無意識の前提とし、そのまた先について悩んでいました。
 この悩みを、基礎レベルから書き上げると…説明しなきゃならないこと、把握しなくてはならない事が多くなりすぎてしまう訳です。
 これが、千の道が長くなりすぎてしまった原因でもあり、本文も構成もすっきりしなくなってしまった原因でもありました。
 今回のルナルリプレイでは、そういう段階の部分を、割とばっさり切り落としました。(治癒のエリクサーの説明など、残っているものもありますが)
 その結果、「ああ、こういう風に書けたらいいんだなぁ」となかなか納得できる本文に一度はなりました。
 とは言え、最後はページ数超過で削りすぎ、「美味しい部分」まで削ってしまわねばならなくなったのですが…(苦笑)。
 最終的に今回の話では、「戦闘のゲーム性上の悩み」よりも「GMがシナリオ的に仕込んだ仕掛け」を重視した方が良いという結論に、ならざるを得なかったもので…
 ゲーム性重視の戦闘としては、実はあまり成功していないので、だいぶ削ることにしたのです。なんで成功しなかったのかと言う点に関しては、別の時に話を譲りたいですね。
 ただGMが仕込んだ仕掛けにもゲーム性が皆無と言う訳ではありませので、ヴィジュアルリプレイ式の本文が活きている箇所はあります。


 さて、今日はこんなところで。
 …気が向けば続きます。(本当は続けたいのですが…気力次第なので)

【2006/12/19 03:37】 | トークRPG実験箱
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