ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 HTTグランドキャンペーン、第5部(第30話)終了しました。
 …がしかし。
 なんか敗北感がずっしりと(苦笑)。
 プレイヤーと話して理由はある程度整理できたけれども…
 今回、もっとプレイヤーをどん底まで落とし込みたかったんですね。それが上手くいかなかった。
 プレイヤーは口では「青くなった」と言っていたけれども、あんなのまだまだだっ! だっ!
 まだプレイヤーに理性が残る範囲だったんですよね。それはGMとしては実は敗北。(私の価値観としては特に)
 まあ理性が残ってしまった理由が「取り返せば復活できるという、希望の光が見えてしまったから」というのは、やはりあったと思います。
 とっとと〈わたしをどこかへ〉で逃げればよかった、というのは確かにその通り。
 もっともそのネタを既に二人のNPCでやっているから、今回は違う手段を…と思ったのが良くなかった…いや、基本発想に間違いはないのですが、それならばもっと徹底的な何かを思いつくべきでした。

 ただ、ラムダの目の前でああいうことにして、結局ラムダは取り逃がしてしまう…というパターンは、悪い形ではなかったのですよ。「手が届きそうで、ダメ」というのが、一番悔しいから。
 形だけみれば、今回のシナリオは確かにそういう形になっていました。そこは評価していいはずです。
 問題点があるとすれば、実はGMがその時のラムダの行動や対応について、もっとシナリオ作りの段階でしっかり予想できてよかった。そのシミュレーションに甘さがあるのが、「全力を出し切れなかった」という自己評価につながっているのは事実。
 ラムダが阻止に入る可能性を少し過少評価していた気がします。ラムダははっきりと「バネス」と言っていたのですから。どうも前々のラムダの復讐構想に、囚われすぎていた気もします。キャラクターもプレイヤーも心境は変化するのですから、それをちゃんと踏まえないと。
 予想外の事態に対応できるように、多めにマジックアイテムを持たせていたから捌けたようなものです。「もしかしたら阻止に入るかもなぁ…」では、良くない。
 そのあと、ラムダが阻止できなかった時点で〈わたしをどこかへ…〉。こういう流れにすれば良かったんだと思います。

 他にも、最近、プレイヤーの行動のシミュレーションが全体的に良くないですね。もちろん、セッション中に捌けていない訳ではないですが〈と思いますが〉、シナリオ追い込み段階でのシミュレーションを強化すれば、もっとキレのあるシナリオは作れるはずです。
 プレイヤーの追い込み方の弱さも、最終的にはそこから出てくると見ました。
 確かに、プレイヤーを落ち込ませるシナリオの作り方には慣れていませんけど、慣れていないからこそ挑戦であり、やりたいことであり、だからこそ「てへ、失敗しちゃった」では済まないのです。そこは「次こそはやってやるぞ」であるべきなのです。

 最近、失敗したのに、その中の良かった点を挙げて満足してしまう傾向が強くなってきています。
 良かった点を見つけられるのは、確かに良いことなのですが、それでも全体的に不満であれば、その不満は強く受け止めて次回への糧としなくてはなりません。

 他に、リオンさんについてもっと伏線を張るべきでした。これは割と迂闊だった点。
 ブラクシュタールの変化とか、伏線張ろう張ろうと思いながら、後回しになってきた(結局できなかった)あたり、失敗といえます。重要NPCなんですからねぇ。
 まあ第6部の構想について、少し決めかねていたところがあって、例えばラムダは結局ああいう立場で竜の腕に戻ることになった訳ですけれど、「違う立場で戻るのもありだよなぁ」的なことも考えていたのが、実は悪かったんですよね。
 ここはプレイヤーを追い込むシナリオだったのだから、割とはっきり追い詰めちゃって、明瞭な選択肢に追い込んでしまうべきでした。
 そうすれば、もっと前々から伏線をきちんと腫れたような気がします。
 とすると、キャンペーン構想に「余地を持たせる」と称して実は「優柔不断になっていた」という反省できる訳です。
 あと、「私は割と(自分の)PCに対してドライである」という認識は、忘れてはいけません。他のプレイヤーは、私よりPCに愛着を持つのだから(苦笑)。
 そこはきちんと踏まえて考えてあげないと。ああいう結末に最終的になるとしても、それなりに納得できる経緯を用意することはできるのですから。

 それから数字。昔は数字のマジシャンになりたかったんじゃないのかねぇ? ええ? と思うような(笑)。
 今回、囮だった訳ですが、だからってちと温すぎでしょう。あとデーターを一部、家に忘れたのも良くない。一部、作るの忘れたのも良くない(問題外)。

 良くないと言えば、遅刻も良くないですね(苦笑〉。やっぱりプレイヤーが一旦気がゆるんだところから始めるのは、そうでない始め方と大きく違います。
 一時期良くなっていたんですけどねぇ。最近また悪くなった。気をつけましょう。
 あと、シナリオの作り方について、進行チャートを作るべきですね。「この時期はここまでできていること」。個々のタイミングで目標を明確にすべきです。今まで、頭の中で「気をつけよう」とやってきていますが、どうも上手く行かない時は全く上手くいかない。視覚化することで、成功率は格段に上昇するはずです(経験から考えるに〉。
 それと満足感。割と大敵。(あれ、似たこと上に書いたような…)
 今回のはコミケの満足感と、前回のシナリオが上手く行っていたこと。満足すると、シナリオの質が低くなる傾向が確実にある(苦笑)。
 どう自分のテンションを上げるか? やっぱり反省を読むのが良いのかも知れないなぁ。色々試してみましょう。


 最後に、良かった点も書いておきましょう。
 前述した通り、プレイヤーの追い込み方に甘さのある私ですが、「こうすればいいのか」というものが、少し分かりました。
 いや、「プレイヤーが何の努力をしてもダメなシナリオでは、実はプレイヤーを追い込めない」とは思っていたので、「ではどうするのか?」ということはずっと考えていたんですね。
 最終的に「ラムダをはめるのはどうだろう?」と思っていて、それでああいうキャンペーンになったのですが…。
 やはり、「手が届きそうで、ギリギリ掴めない」これが良い感じみたいです。プレイヤーが「もう少し上手くやれば、上手くいったのに」というライン。
 …というわけで、またこれはどこかで使わないと。
 問題は、単発セッションだと、ここまで強くPCやNPCに思い入れが持てないということですね。悔しさのレベルが違う。
 その辺に関しては…あ、でもなんとかできそうな仮定は思いついているのですから、そちらと合わせて実験と。
 …アリアンロッド・ヴィジュアルリプレイの第1話には間に合わないのですけれども。どこかで考えましょう。

 それと、演出について少し、亀の一歩ほどの成長ができました(苦笑)。
 「ここは美味しいシーンだ」と思った時、そのシーン描写を自然と「やろう」と思うようになったんですよね。描写の内容はまだまだですが。
 演出というのが全然できなかった時に比べれば、進歩が見えます。
 ここ一年ほどで気付いたことですけれども、「皆が自明だと思っていることでも、しっかり言及した方が面白くなる」。
 そう考えるようになったきっかけは、ヴィジュアルリプレイを作った事ですか。自明のことをとことん説明することが、ヴィジュアルリプレイの底辺を貫いていたコンセプトでしたから。
 その後、「あ、ヒロポンⅡが既に実践していることじゃん」と気がついて、彼の話術を実は真似しました(笑)。
 誰でもツッコめるようなボケでも、やはり隣にツッコミがいてツッコんだ方が、面白いんですよね。ボケ漫才も嫌いじゃないですけど、やはり幅の広い面白さを出すためには、ツッコミは必須。情景描写は、それと同じようなものなんだなぁ…という気がしてきたのですよ。
 まあだからって、PCが攻撃するたびにどうこう描写するのは、どうも「もう食べられないよー」と感じてしまうところがある私です。流すところとしっかり描写するところと、メリハリをつける感じで。もう少し増えた方が良いかと思いますけど。
 ただし。「描写が面白ければ、セッションが面白くなる」とは全く思っていません。私の認識は、「面白い状況」というのが先にあり、その面白さを倍加させる存在としての「描写」です。だから、数字がきっかりあり、ピンチがきっかりあり、カタルシスがきっかりある。それが土台として支えてくれた上での「描写」。
 今回描写したシーンが面白くなったのも、「9Lv器用度判定」というアホみたいな判定を、低い器用度で悩んでいるケインが成功させたから。だから描写する価値があったのですよ。
 そこは勘違いせずに今後も行きたいですね。(まあ貴方は別の意見かも知れませんが、とりあえずそれはどーでもいいです。私の意見だと思って聞き流して下さい)


 でもまあ、思うのですよ。
 結局、私にとってTRPGの価値っていうのは、技芸であることなんですよね。だから失敗すると悔しいのであり、向上したいと思うのであり、上手く行った時に途方もなく嬉しくなるのであり。
 他の人がそうであるべだと言う気は、全くありません。ローリスクローリターンなTRPGも、全然アリだと思います。(そう思っている人の方が多い?)
 あくまで私は、挑戦する何かが欲しいだけ。挑戦がないと、「活きていく」ことができないのですよ。
 敗北主義者気取ってますけど(笑)。
 ならば次です。輝きは明日のその向こうに!


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 まだプレイヤーに理性が残る範囲だったんですよね。それはGMとしては実は敗北。(私の価値観としては特に)
 まあ理性が残ってしまった理由が「取り返せば復活できるという、希望の光が見えてしまったから」というのは、やはりあったと思います。
 とっとと〈わたしをどこかへ〉で逃げればよかった、というのは確かにその通り。
 もっともそのネタを既に二人のNPCでやっているから、今回は違う手段を…と思ったのが良くなかった…いや、基本発想に間違いはないのですが、それならばもっと徹底的な何かを思いつくべきでした。

 ただ、ラムダの目の前でああいうことにして、結局ラムダは取り逃がしてしまう…というパターンは、悪い形ではなかったのですよ。「手が届きそうで、ダメ」というのが、一番悔しいから。
 形だけみれば、今回のシナリオは確かにそういう形になっていました。そこは評価していいはずです。
 問題点があるとすれば、実はGMがその時のラムダの行動や対応について、もっとシナリオ作りの段階でしっかり予想できてよかった。そのシミュレーションに甘さがあるのが、「全力を出し切れなかった」という自己評価につながっているのは事実。
 ラムダが阻止に入る可能性を少し過少評価していた気がします。ラムダははっきりと「バネス」と言っていたのですから。どうも前々のラムダの復讐構想に、囚われすぎていた気もします。キャラクターもプレイヤーも心境は変化するのですから、それをちゃんと踏まえないと。
 予想外の事態に対応できるように、多めにマジックアイテムを持たせていたから捌けたようなものです。「もしかしたら阻止に入るかもなぁ…」では、良くない。
 そのあと、ラムダが阻止できなかった時点で〈わたしをどこかへ…〉。こういう流れにすれば良かったんだと思います。

 他にも、最近、プレイヤーの行動のシミュレーションが全体的に良くないですね。もちろん、セッション中に捌けていない訳ではないですが〈と思いますが〉、シナリオ追い込み段階でのシミュレーションを強化すれば、もっとキレのあるシナリオは作れるはずです。
 プレイヤーの追い込み方の弱さも、最終的にはそこから出てくると見ました。
 確かに、プレイヤーを落ち込ませるシナリオの作り方には慣れていませんけど、慣れていないからこそ挑戦であり、やりたいことであり、だからこそ「てへ、失敗しちゃった」では済まないのです。そこは「次こそはやってやるぞ」であるべきなのです。

 最近、失敗したのに、その中の良かった点を挙げて満足してしまう傾向が強くなってきています。
 良かった点を見つけられるのは、確かに良いことなのですが、それでも全体的に不満であれば、その不満は強く受け止めて次回への糧としなくてはなりません。

 他に、リオンさんについてもっと伏線を張るべきでした。これは割と迂闊だった点。
 ブラクシュタールの変化とか、伏線張ろう張ろうと思いながら、後回しになってきた(結局できなかった)あたり、失敗といえます。重要NPCなんですからねぇ。
 まあ第6部の構想について、少し決めかねていたところがあって、例えばラムダは結局ああいう立場で竜の腕に戻ることになった訳ですけれど、「違う立場で戻るのもありだよなぁ」的なことも考えていたのが、実は悪かったんですよね。
 ここはプレイヤーを追い込むシナリオだったのだから、割とはっきり追い詰めちゃって、明瞭な選択肢に追い込んでしまうべきでした。
 そうすれば、もっと前々から伏線をきちんと腫れたような気がします。
 とすると、キャンペーン構想に「余地を持たせる」と称して実は「優柔不断になっていた」という反省できる訳です。
 あと、「私は割と(自分の)PCに対してドライである」という認識は、忘れてはいけません。他のプレイヤーは、私よりPCに愛着を持つのだから(苦笑)。
 そこはきちんと踏まえて考えてあげないと。ああいう結末に最終的になるとしても、それなりに納得できる経緯を用意することはできるのですから。

 それから数字。昔は数字のマジシャンになりたかったんじゃないのかねぇ? ええ? と思うような(笑)。
 今回、囮だった訳ですが、だからってちと温すぎでしょう。あとデーターを一部、家に忘れたのも良くない。一部、作るの忘れたのも良くない(問題外)。

 良くないと言えば、遅刻も良くないですね(苦笑〉。やっぱりプレイヤーが一旦気がゆるんだところから始めるのは、そうでない始め方と大きく違います。
 一時期良くなっていたんですけどねぇ。最近また悪くなった。気をつけましょう。
 あと、シナリオの作り方について、進行チャートを作るべきですね。「この時期はここまでできていること」。個々のタイミングで目標を明確にすべきです。今まで、頭の中で「気をつけよう」とやってきていますが、どうも上手く行かない時は全く上手くいかない。視覚化することで、成功率は格段に上昇するはずです(経験から考えるに〉。
 それと満足感。割と大敵。(あれ、似たこと上に書いたような…)
 今回のはコミケの満足感と、前回のシナリオが上手く行っていたこと。満足すると、シナリオの質が低くなる傾向が確実にある(苦笑)。
 どう自分のテンションを上げるか? やっぱり反省を読むのが良いのかも知れないなぁ。色々試してみましょう。


 最後に、良かった点も書いておきましょう。
 前述した通り、プレイヤーの追い込み方に甘さのある私ですが、「こうすればいいのか」というものが、少し分かりました。
 いや、「プレイヤーが何の努力をしてもダメなシナリオでは、実はプレイヤーを追い込めない」とは思っていたので、「ではどうするのか?」ということはずっと考えていたんですね。
 最終的に「ラムダをはめるのはどうだろう?」と思っていて、それでああいうキャンペーンになったのですが…。
 やはり、「手が届きそうで、ギリギリ掴めない」これが良い感じみたいです。プレイヤーが「もう少し上手くやれば、上手くいったのに」というライン。
 …というわけで、またこれはどこかで使わないと。
 問題は、単発セッションだと、ここまで強くPCやNPCに思い入れが持てないということですね。悔しさのレベルが違う。
 その辺に関しては…あ、でもなんとかできそうな仮定は思いついているのですから、そちらと合わせて実験と。
 …アリアンロッド・ヴィジュアルリプレイの第1話には間に合わないのですけれども。どこかで考えましょう。

 それと、演出について少し、亀の一歩ほどの成長ができました(苦笑)。
 「ここは美味しいシーンだ」と思った時、そのシーン描写を自然と「やろう」と思うようになったんですよね。描写の内容はまだまだですが。
 演出というのが全然できなかった時に比べれば、進歩が見えます。
 ここ一年ほどで気付いたことですけれども、「皆が自明だと思っていることでも、しっかり言及した方が面白くなる」。
 そう考えるようになったきっかけは、ヴィジュアルリプレイを作った事ですか。自明のことをとことん説明することが、ヴィジュアルリプレイの底辺を貫いていたコンセプトでしたから。
 その後、「あ、ヒロポンⅡが既に実践していることじゃん」と気がついて、彼の話術を実は真似しました(笑)。
 誰でもツッコめるようなボケでも、やはり隣にツッコミがいてツッコんだ方が、面白いんですよね。ボケ漫才も嫌いじゃないですけど、やはり幅の広い面白さを出すためには、ツッコミは必須。情景描写は、それと同じようなものなんだなぁ…という気がしてきたのですよ。
 まあだからって、PCが攻撃するたびにどうこう描写するのは、どうも「もう食べられないよー」と感じてしまうところがある私です。流すところとしっかり描写するところと、メリハリをつける感じで。もう少し増えた方が良いかと思いますけど。
 ただし。「描写が面白ければ、セッションが面白くなる」とは全く思っていません。私の認識は、「面白い状況」というのが先にあり、その面白さを倍加させる存在としての「描写」です。だから、数字がきっかりあり、ピンチがきっかりあり、カタルシスがきっかりある。それが土台として支えてくれた上での「描写」。
 今回描写したシーンが面白くなったのも、「9Lv器用度判定」というアホみたいな判定を、低い器用度で悩んでいるケインが成功させたから。だから描写する価値があったのですよ。
 そこは勘違いせずに今後も行きたいですね。(まあ貴方は別の意見かも知れませんが、とりあえずそれはどーでもいいです。私の意見だと思って聞き流して下さい)


 でもまあ、思うのですよ。
 結局、私にとってTRPGの価値っていうのは、技芸であることなんですよね。だから失敗すると悔しいのであり、向上したいと思うのであり、上手く行った時に途方もなく嬉しくなるのであり。
 他の人がそうであるべだと言う気は、全くありません。ローリスクローリターンなTRPGも、全然アリだと思います。(そう思っている人の方が多い?)
 あくまで私は、挑戦する何かが欲しいだけ。挑戦がないと、「活きていく」ことができないのですよ。
 敗北主義者気取ってますけど(笑)。
 ならば次です。輝きは明日のその向こうに!

【2007/01/08 01:50】 | トークRPG
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