ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 セッション中にGMが長く「語る」ことが好きでない私は、例えば情景描写などは短めにしたいなぁ…と思うわけです。
 もちろんこれは私自身の語り手としての能力の問題も多分にあるとは思いますが、とにかくGMの語りによってプレイヤーを惹きつける事というのが、私は上手くできないのですね。
 研鑽の余地がどうのとか、TRPGのゲーム構造と朗読との違いとか、そういう話は今回は置いておくとして。
 とにかく現実の対処法として、プレイヤーが飽きないように「このぐらいかな」という語りの長さが、自分なりにある訳です。
 しかし、そのセッションで適切と思われる長さの言葉を、そのままリプレイに起すと…実に物足りないのですね(苦笑)。
 リプレイだと、二倍ぐらいの分量で語っても良いのではないかと思えるのです。
 ではセッション中に語り足りなかったのかと言うと…まあ十分だと必ずしも言い切れませんが(もうちょっと語ってもいいかな)、それにしても二倍の量をセッション中に語ろうと考えると、「えー、この分量語るの? だれそう」と思ってしまうのです。

 リプレイとセッションとの間には隔絶があると信じてやまない私ではありますが(そう思っていなかったら、どうしてヴィジュアルリプレイなんて作りますか)。
 リプレイにはリプレイの、セッションにはセッションの、適切な長さの「語り」があるのような気が、最近してきたのです。
 そして考えてみれば、まさにそこが「リプレイが小説に劣る点」として上げられる項目と、関ってくる箇所でもある訳ですね。


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 リプレイだと、二倍ぐらいの分量で語っても良いのではないかと思えるのです。
 ではセッション中に語り足りなかったのかと言うと…まあ十分だと必ずしも言い切れませんが(もうちょっと語ってもいいかな)、それにしても二倍の量をセッション中に語ろうと考えると、「えー、この分量語るの? だれそう」と思ってしまうのです。

 リプレイとセッションとの間には隔絶があると信じてやまない私ではありますが(そう思っていなかったら、どうしてヴィジュアルリプレイなんて作りますか)。
 リプレイにはリプレイの、セッションにはセッションの、適切な長さの「語り」があるのような気が、最近してきたのです。
 そして考えてみれば、まさにそこが「リプレイが小説に劣る点」として上げられる項目と、関ってくる箇所でもある訳ですね。

【2007/03/02 01:49】 | トークRPG実験箱
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