ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 なんだか久しぶりにTRPGにケチをつけたら、来客が増えたみたいですね(笑)。
 いつもは来客が増えていると、アフィリエイト狙いの訪問者(FC2ブロガーは、望むなら足跡を残せるようになっているんですね)がガソッと増えているので、「巡回ソフトか何かかなぁ」と思っていたのですが…
 どうも違う気がしてきましたね。特に今回は、RSSを見て、興味あるネタだから来ている感じですね?
 そうか、皆が興味持っている事って、実はコラム的な何かだったんですね。
 (違ったりして)
 まあコルセックの本体サイトで、本当にコラム書いてませんからねぇ(苦笑)。
 リニューアルするって言って、過去一人以上(笑)に「面白い」と言われたことのあるコラムも下げてしまいましたからね。
 過去のコラムを面白いと思って下さった方の中には、「まあ書くなら読みに行くよ」的な方が、実はいらっしゃったのかも知れませんね。
 これは失礼。

 ところで、TRPGの論考コラム不要説って言う主張がありまして。
 「TRPGの論考コラムは、筆者の(狭い)経験を元に、理屈をこねくり回して作られがち」
 「面白いという主観的な要素は定量化しにくいものであり、仮に(例えば支持率のような形で)定量できるとしても、データーを集めて検証する論者はいない」
 「TRPGのコラムは現実から遊離した、机上論に陥りやすい」
 「言葉で偉そうに語っている人間より、実際に創作している人間の方が評価されるべきだ(そして実際には評価されている)」
 などがその主張でしょうか。
 いちいち尤もだなぁ…と、実は全く異議がなかったりします(おい)。
 やはり男子の本懐(古い)としては、「もっと大きなことをやらにゃあかんだろ」と思う部分が、私の中には確かにあるのです。
 一年とか二年とか作るのにかかるような、大きなものをね。

 それでもごちゃごちゃ論考を書いていたのは、一つには「生き急いでいた」からであり、もう一つは「自分の考えを整理し、推敲する」ためです。
 後者はまあいいとして、前者の「生き急いでいる」って何でしょう?

 …実は私、「自分がいつ死んでも不思議じゃない。その日は明日かも知れないし、昨日でも良かったのかも知れない」という感覚を持っていたんですよね。
 別に病気があるとか自殺したがっているとか、そういう訳ではないのですが…不思議と、そういう風に認識すると世界がしっくり来るような、そんな感覚があるのです。
 これに関しては分かってくれと言う気はありませんけどね。
 ただ、この感覚の延長として、「今まで自分が見つけ出してきたものを、誰かに引き継いでもらえれば嬉しい」という思いがあるのです。
 しかし気がついたことを、ただのアイディアからしっかりとした作品にまで仕上げる「時間がないかも知れない」。
 だから、とにかく人に意見を披露しておいて、「ああ、これで明日死んでも大丈夫だ」と安堵するのです。
 そのためにコラムを書いていた部分が、確かにあるのですよね。

 ただ、この「いつ死んでもおかしくない」という世界観は、実は最近、少しずつ薄れてきたのですよね。
 それと共に、「お前ごちゃごちゃ言ってないで、もっと大きなことをやれよ。時間ないんだぞ?」という思いも強くなってきたのですよね。(同じ「時間がない」なのに、逆の行動をドライブさせるのですね。自分の事ながら興味深い矛盾です)
 社会人になってから徐々に忙しくなって来たこと、千の道が完成したこと(かなり満足した)も関係あるのかも知れませんけれども……

 まあ文章で他人を説得するのがめんどくさくなってきたのもあるにはありますが。

 リニューアルすると言って全然更新しなかったのは、より大きなことに時間を回すべきだと思うようになったからなんですよねぇ。
 まあ衝動的にこのブログにはごちゃごちゃ書き込んでいますが。(そういう何かは必要であるようですね)

 それにしても、本当にコラムが求められているとしたらどうしましょうかね?


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 まあコルセックの本体サイトで、本当にコラム書いてませんからねぇ(苦笑)。
 リニューアルするって言って、過去一人以上(笑)に「面白い」と言われたことのあるコラムも下げてしまいましたからね。
 過去のコラムを面白いと思って下さった方の中には、「まあ書くなら読みに行くよ」的な方が、実はいらっしゃったのかも知れませんね。
 これは失礼。

 ところで、TRPGの論考コラム不要説って言う主張がありまして。
 「TRPGの論考コラムは、筆者の(狭い)経験を元に、理屈をこねくり回して作られがち」
 「面白いという主観的な要素は定量化しにくいものであり、仮に(例えば支持率のような形で)定量できるとしても、データーを集めて検証する論者はいない」
 「TRPGのコラムは現実から遊離した、机上論に陥りやすい」
 「言葉で偉そうに語っている人間より、実際に創作している人間の方が評価されるべきだ(そして実際には評価されている)」
 などがその主張でしょうか。
 いちいち尤もだなぁ…と、実は全く異議がなかったりします(おい)。
 やはり男子の本懐(古い)としては、「もっと大きなことをやらにゃあかんだろ」と思う部分が、私の中には確かにあるのです。
 一年とか二年とか作るのにかかるような、大きなものをね。

 それでもごちゃごちゃ論考を書いていたのは、一つには「生き急いでいた」からであり、もう一つは「自分の考えを整理し、推敲する」ためです。
 後者はまあいいとして、前者の「生き急いでいる」って何でしょう?

 …実は私、「自分がいつ死んでも不思議じゃない。その日は明日かも知れないし、昨日でも良かったのかも知れない」という感覚を持っていたんですよね。
 別に病気があるとか自殺したがっているとか、そういう訳ではないのですが…不思議と、そういう風に認識すると世界がしっくり来るような、そんな感覚があるのです。
 これに関しては分かってくれと言う気はありませんけどね。
 ただ、この感覚の延長として、「今まで自分が見つけ出してきたものを、誰かに引き継いでもらえれば嬉しい」という思いがあるのです。
 しかし気がついたことを、ただのアイディアからしっかりとした作品にまで仕上げる「時間がないかも知れない」。
 だから、とにかく人に意見を披露しておいて、「ああ、これで明日死んでも大丈夫だ」と安堵するのです。
 そのためにコラムを書いていた部分が、確かにあるのですよね。

 ただ、この「いつ死んでもおかしくない」という世界観は、実は最近、少しずつ薄れてきたのですよね。
 それと共に、「お前ごちゃごちゃ言ってないで、もっと大きなことをやれよ。時間ないんだぞ?」という思いも強くなってきたのですよね。(同じ「時間がない」なのに、逆の行動をドライブさせるのですね。自分の事ながら興味深い矛盾です)
 社会人になってから徐々に忙しくなって来たこと、千の道が完成したこと(かなり満足した)も関係あるのかも知れませんけれども……

 まあ文章で他人を説得するのがめんどくさくなってきたのもあるにはありますが。

 リニューアルすると言って全然更新しなかったのは、より大きなことに時間を回すべきだと思うようになったからなんですよねぇ。
 まあ衝動的にこのブログにはごちゃごちゃ書き込んでいますが。(そういう何かは必要であるようですね)

 それにしても、本当にコラムが求められているとしたらどうしましょうかね?

【2007/04/16 22:43】 | 哀心よりお悔やみ申し上げます
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