ただ見上げるより この手を伸ばしてみたくなるだけ (ポコアポコ/カヒーナムジカ)
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 前にメタゲームの発想について「その客観性が嫌い」と書いたわけですが、考え直してみると、ゲーム重視の遊び方はメタゲームそのままなんですね。
 ゲーム性重視主義に片足(あくまで片足)を突っ込んでいる私が、客観性をもとに批判することには矛盾があるわけです。
 ではどうしてゲーム重視のメタゲームは許容できて、ロールプレイ重視・ストーリー重視のメタゲームは許容できないのでしょうか?
 考え出してみると、色々と興味深い問題です。
 
 結局何故なのかと言うと、ゲーム性重視はメタゲーム視点を持ちながら、その中に必死さがあるわけですね。(それは前に書いたかも)
 未来を読むことによって、現在にジレンマが発生し得るのですから。
 その必死さを私は愛するわけです。
 しかし、ロールプレイやストーリー重視のメタゲームの場合、未来を読むことで現在にジレンマは発生するのでしょうか?

 どうも、物語の展開の先読みが「冷め」とか「薄ら笑い」とか「まあこんなものさという諦観」とか、そういうものに繋がっているような気がしてならないわけです。
 どこにでも転がっているような物語。山ほど見聞きしたストーリー。創造性に欠けた模倣。しかもデッドコピー。
 物語の展開が「読めたとき」、それに対して私がイメージするものが、そういうものなのです。
 この悪いイメージがつまるところ、メタゲーム視点を嫌いだと感じてしまった最大の原因であるようです。

 逆に言うと、物語の先が読めた時、その「先」に対して衝撃を受けたり、感激したり、泣きたくなったり、畏怖したりするならば、おそらくメタゲームを嫌わないはずなのです。
 ほらドラマや演劇を見ていた時、伏線が読めて先に待ち受けるものに気がついて、しかしその「気づいてしまった内容」にドンッと胸を突かれる時ってありませんか?
 ああいう感覚――確かにそれはTRPGで味わったことがありますね――ならば、先読みは悪いものではないのです。

 そう考えると、メタゲーム視点というのはハサミや包丁のような一つの道具であり、「メタゲームが良い悪い」「メタゲームが好き嫌い」という議論は、ハサミよりカッターが好きだ、とか、そういう次元の話であるように思えます。
 無意味ではないですし、そういう人が存在するのも当然ですが、世の9割の人にはどうでも良い話だと。
 つまりメタゲームを否定すること自体には大して意味がないわけですが、とりもなおさずメタゲームを肯定したり推奨することの価値にも疑問符があります。
 むしろ重要なのは、メタゲームを使って何ができて何ができないのか、どう使うと面白くなりつまらなくなるのかを語ることであるようです。

 …とここまで考えてはっきり分かりました。私はFEARがメタゲーム視点を使って作ろうとしているものが、好きになれないのだと(苦笑)。
 しょうがないですね。それが嫌いなことは前から良く知っていたのですし、嫌いだと分かった上で遊んでいるのですから。


 袈裟と坊主を分離することに成功したところで、今日のところは終わりにしますか。


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 結局何故なのかと言うと、ゲーム性重視はメタゲーム視点を持ちながら、その中に必死さがあるわけですね。(それは前に書いたかも)
 未来を読むことによって、現在にジレンマが発生し得るのですから。
 その必死さを私は愛するわけです。
 しかし、ロールプレイやストーリー重視のメタゲームの場合、未来を読むことで現在にジレンマは発生するのでしょうか?

 どうも、物語の展開の先読みが「冷め」とか「薄ら笑い」とか「まあこんなものさという諦観」とか、そういうものに繋がっているような気がしてならないわけです。
 どこにでも転がっているような物語。山ほど見聞きしたストーリー。創造性に欠けた模倣。しかもデッドコピー。
 物語の展開が「読めたとき」、それに対して私がイメージするものが、そういうものなのです。
 この悪いイメージがつまるところ、メタゲーム視点を嫌いだと感じてしまった最大の原因であるようです。

 逆に言うと、物語の先が読めた時、その「先」に対して衝撃を受けたり、感激したり、泣きたくなったり、畏怖したりするならば、おそらくメタゲームを嫌わないはずなのです。
 ほらドラマや演劇を見ていた時、伏線が読めて先に待ち受けるものに気がついて、しかしその「気づいてしまった内容」にドンッと胸を突かれる時ってありませんか?
 ああいう感覚――確かにそれはTRPGで味わったことがありますね――ならば、先読みは悪いものではないのです。

 そう考えると、メタゲーム視点というのはハサミや包丁のような一つの道具であり、「メタゲームが良い悪い」「メタゲームが好き嫌い」という議論は、ハサミよりカッターが好きだ、とか、そういう次元の話であるように思えます。
 無意味ではないですし、そういう人が存在するのも当然ですが、世の9割の人にはどうでも良い話だと。
 つまりメタゲームを否定すること自体には大して意味がないわけですが、とりもなおさずメタゲームを肯定したり推奨することの価値にも疑問符があります。
 むしろ重要なのは、メタゲームを使って何ができて何ができないのか、どう使うと面白くなりつまらなくなるのかを語ることであるようです。

 …とここまで考えてはっきり分かりました。私はFEARがメタゲーム視点を使って作ろうとしているものが、好きになれないのだと(苦笑)。
 しょうがないですね。それが嫌いなことは前から良く知っていたのですし、嫌いだと分かった上で遊んでいるのですから。


 袈裟と坊主を分離することに成功したところで、今日のところは終わりにしますか。

【2006/03/23 20:42】 | トークRPG
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